


11月は酒好きにとって待ち遠しい月である。
理由は新酒解禁に他ならない。それはボージョレーのみにあらず。芋焼酎もまた、11月が一般的な新酒の出荷時期なのだ。今年もそろそろ芋焼酎の“新入生”たちが店棚に並び始める頃となった。
新橋に『二貴』という焼酎バーがある。訪れたのは10月下旬のこと。店内はこじんまりとし、カウンターとテーブル席を合わせても20人も入ればいっぱいだ。その一方で、バックバーは焼酎の入った素焼きの甕(かめ)がずらりと並び、圧巻である。甕のほかにも、麦、米、芋、蕎麦ほか、ありとあらゆる種類のボトル仕様の焼酎が常備されている。「梅酒やワインなども合わせると、一体どれほどの数の酒があるのか把握できないんですよ」と、店主の石井氏は苦笑いである。それもあながち冗談ではなさそうだ。なにせメニューはドリンクの項目だけで34ページにも及ぶのだから……。
そんななかで強く興味を惹かれたのが本坊酒造の『黒麹原酒』である。
黒が混じった深い緑色のガラス瓶と、荒々しい筆跡が記された黒のラベルは、有無を言わせぬ存在感を放っている。そもそも焼酎の原酒とは一体どのようなものなのだろうか? そんな素朴な質問を店主に向けてみる。
「ご存知のように、焼酎とは蒸留酒です。一般的に知られている焼酎とは、蒸留したままの原液に水を足し――この作業を“和水”というのですが、アルコール度数を20度くらいまで落としたもの。原酒とは和水する前の原液のことで、この『黒麹原酒』は芋焼酎の原酒なのです」
蔵元は焼酎処・鹿児島を代表する大手蔵のひとつ、本坊酒造だ。その年に蒸留した芋焼酎の原酒のなかで、もっとも質のいいものを厳選し、数量限定で蔵出ししたものが、この『黒麹原酒』である。聞けばお店に訪れる人では、〆にいただく人が多いとか。なにしろアルコール度数が37%もあるのだから、それもうなずける。今夜の最後の楽しみにとっておくのも悪くない。

「今なら鮭が美味しくなっていますよ」
その日の美味しいものは、直接スタッフに尋ねるにかぎる。店主のお薦めに従い、今夜は「鮭のホワイトソース添え」「海老芋の葛餡かけ」「胡麻豆腐揚げ出し」をいただくことにした。
季節折々の和食も『二貴』の魅力のひとつである。旬を意識した食材は、品質を重視して選び抜いた天然もののみ。1号店である割烹料理店『以志井』から受け継がれた手仕事は、素材本来の滋味をぞんぶんに楽しませてくれる。本格派でありながら、どこか親しみやすさがある。この感覚に触れたくて、この店に足を運ぶ人も多いことだろう。
「美味しいお酒を心ゆくまで召し上がっていただくためには、きちんとしたお料理が欠かせませんから」
酒の品揃えだけに頼らない“おもてなし”の心に、ふと肩の力が抜けていく……。気分が軽くなり、思わずグラスが進んでしまうのが難点なのだが。 「そろそろお出ししましょうか」という店主の呼びかけに、ふと我に帰る。手元を見れば、皿もグラスも空になっている。
そうだった。今晩最後のお楽しみの1杯が待っていたのだ。
せっかくなのでストレートでいただいてみると、思った以上に濃い。1滴1滴が重いというべきか、トロリと粘度の高い甘みが体の内側にゆっくりと沁み込んでいく。高アルコール度数にも関わらず、舌を刺激する荒さはない。きっと1年の熟成期間が、このまろやかな口当たりを生んだのだろう。そして芋焼酎らしいコクのある芳醇な香りが華やかだ。しばし舌の上で温めたのち、ゆっくりと飲み込んでみる。すると香りが鼻腔に届き、膨らんでいく。あたかも香りの粒子が立ち昇る様子が目に見えるようだ。
「もう1杯」と、喉まで出かけた声を押しとどめる。今いただいたのは2006年のもので、瓶の底に残ったわずかな分が終わると、品切れになってしまうからだ。それに2007年ものが11月中旬に出荷されるのならば、それまで待とう。新酒解禁の喜びもまた、醍醐味のひとつである。

update : 2007.11.28
title : 黒麹原酒
text:VAGANCE
photo:fumio ando
thanks:nitaka
honbo syuzo
The Public Affairs Inc. 
『二貴』
2005年オープン。入手困難な焼酎や自家製梅酒など、300種類以上の酒類と季節折々の本格和食が自慢のダイニングバー。「焼酎をきちんと飲んでもらいたい」という思いから、本物の切子グラスでサーブするという粋な計らいも人気の理由。
住所:東京都港区新橋2-11-8 セントランス・2ビル1F TEL:03-3519-6676
『二〇〇七年限定蔵出し 黒麹原酒』
鹿児島の大手酒造メーカー・本坊酒造が生産する本格焼酎「黒麹仕立て 桜島」の原酒を1年のあいだ熟成させた希少な逸品。原料にこだわり、さつま芋は質の良さで名高い「六地蔵園芸」で栽培されたもののみを使用。2007年ものは現在すでに出荷中。
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