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   <title>Vagance（ヴァガンス）</title>
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   <subtitle>“意味ある浪費（EXTRAVAGANCE）”を追求する、大人の男のライフスタイルマガジン</subtitle>
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   <title>GUARDO // 「男は城！」〜五十嵐太郎×幅允孝『火天の城』を語る</title>
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   <published>2009-09-11T02:31:10Z</published>
   <updated>2009-09-11T07:16:59Z</updated>
   
   <summary>安土の山をひとつまるごと城にする──織田信長からオーダーされた壮大な築城計画に熱田の宮大工・岡部又右衛門が挑む様を描いた映画『火天の城』について、建築批評家・五十嵐太郎氏と選書家・幅允孝氏が語る</summary>
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      <![CDATA[「我が城を建てよ」──総工費1000億円、のべ100万人の人員を投入、総工期間はわずか３年。織田信長からオーダーされた大城郭の計画は、安土の山をひとつまるごと城にするという壮大なものだった。偉業に挑むのは天才宮大工・岡部又右衛門。

430年前に建設された織田信長による天下一の城・安土城は当時世界一の木造建築といわれ、後世に多大な影響を与えることとなった。この未知なる創造に立ち向かうため、岡部又右衛門がその技術・知識・経験のすべてと、職人としての自信と勇気をもって、ときに施主である織田信長と対立し、家族と門下の仲間の支えでこの難題を解いていく様を綴った第11回松本清張賞受賞作品『火天の城』（山本兼一著・文藝春秋刊）原作の映画<a href="http://katen.jp/" target="_blank">『火天の城』</a>が9月12日より公開される。

VAGANCEでは今回「男は城！」と題し、建築批評家・五十嵐太郎氏と選書家・幅允孝氏のトークイベントを開催した。

<img alt="「男は城！」〜五十嵐太郎×幅允孝『火天の城』を語る" src="http://www.extravagance.jp/guardo/img/200909/11_03.jpg" width="540" height="180" />

<span class="fontRed">幅：こんばんは。今日はよろしくお願いします。城はあまり詳しくないんですが（笑）。</span>

<span class="fontGreen">五十嵐：こんばんは。僕も日本建築史の専門ではないので、建築と城のことをどこまで語れるかわかりませんが、よろしくお願いします。</span>

──まず、映画を観て印象に残ったことを教えていただけますか？

<span class="fontRed">幅：２時間20分と長い映画ですが、重々しくなく、サラっと観れました。山本兼一さんの原作もそうですが、よくこの題材で小説が１本書けて、映画が１本撮れたもんだと。城という視点で時代を掬い取ったところと、さらにそれを映画化しようとした気概に感心しました。「よくこれを映画化したなあ」と。</span>

<span class="fontRed">具体的な映画の見どころは、岡部又右衛門という愛知県熱田の田舎大工と、中井孫太夫という東大寺大仏殿を造った奈良の中井一門、いわゆる名門といわれている職人ですね。あともうひとり、池上五郎右衛門という金閣寺を造った京の宮大工の３名で安土城築城のコンペティションをやるんです。このコンペティションのシーンが、僕はとても盛り上がりましたね。みんなプレゼン上手なんですよね（笑）。屏風に立面図を描いたものがドーンと出てきて、それからその屏風がバッと左右に割れて、なかから断面図が出てくる。その屏風がまたバッと外されると模型が出てきて（笑）、そのプレゼンテーションだけでも面白いのに、さらにそのプレゼンを受けて、なぜ信長が又右衛門の案を選んだのか……「おー、なるほど！」ってニヤッとしちゃいましたね。僕はそこの部分がとても好きでした。</span>

<span class="fontGreen">五十嵐：僕もまったく同じシーンでしたね。コンペのシーンが圧倒的に面白かったです。その話はまた後でしますけれども、僕は基本的に時代小説を読まないんですが、今回は映画を観る前に原作を読んだんですね。そうしたら原作と映画の内容がけっこう違っていて、「ここをこういう風に変えているんだ」って観るのも面白かったですね。あと、戦国時代を題材にした映画なのに、戦のシーンを入れないで、棟梁の視点から逆に時代を切り取るっていうのはすごく面白い試みだなと思いました。</span>

<span class="fontGreen">そこで思い出したのが、ケン・フォレットの『大聖堂』というイギリスにゴシックの大聖堂を造る長編小説なんですが、時代としてはロマネスクからゴシック様式に変わるターニングポイントで、主人公がフランスで最初のゴシック建築が出来上がるのを目撃して、そのイメージをイギリスに持って帰るという話でして、『火天の城』と同じようにどこから時代を見通すか、というときに大工や棟梁を設定しているのがすごく面白いんですね。</span><a href="http://www.extravagance.jp/guardo/200909/11.html?page=2"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="「男は城！」〜五十嵐太郎×幅允孝『火天の城』を語る" src="http://www.extravagance.jp/guardo/img/200909/11_01.jpg" width="540" height="180" /><hr><span class="fontRed">幅：僕は高校が又右衛門と同じく愛知県の熱田の出身なんですけど、誰も又右衛門のことは知りませんでしたね（笑）。又右衛門が成し遂げたことがきちんと史実として露わになったのは初めてじゃないですか？　そういう意味でもなかなか面白い視点の映画だったなあと思います。</span>

<span class="fontGreen">五十嵐：コンペがまさに名古屋対京都・奈良なんですよね。僕は建築やっているので、コンペのシーンが非常に面白かったですね。現存しない安土城については様々な歴史的解釈がありますが、吹き抜けがあったという説もあるんですね。日本の建築はそもそも平屋だったので何層にもなっているものは基本的に少ない。しかもヨーロッパのような吹き抜けで垂直方向に伸びる空間というのは、当時日本ではほとんどなかったんですが、安土城にはすごい大きな吹き抜けがあったかもしれない、という復元案があるんです。じつはそれに近いイメージなのが、宮崎駿さんの『千と千尋の神隠し』の舞台になっている建物なんですね。いずれにせよ、安土城というのは存在しない建物なので、いろんな人がいろんな可能性で論じていることを物語としてコンペという形式を借りて示唆しているのが面白いですよね。</span>

<span class="fontRed">幅：そうですよね。たとえば金閣寺をつくった池上一門は金色の安土城をプレゼンしていて、これはこれでなかなか面白いなあと思ったし、東大寺をつくった中井一門はとにかくダイナミックなサイズ感で勝負みたいなかんじで……そういう「もしかしたら」みたいなものを夢想するのは面白いですよね。ただ、実際にコンペに勝ったのはものすごいシンプルな案でしたが。</span>

<span class="fontGreen">五十嵐：実直な又右衛門の案が通ったんですね。織田信長が吹き抜けをオーダーしていて、他ふたりはそれに従って造ったのに、又右衛門は斬られることを覚悟で「そんなものは作っちゃいけません」って言って吹き抜けのない案を出したんですよね。それはある意味……アトリエとゼネコンみたいな印象ですかね（笑）。アトリエ派は吹き抜けを作るのは危ないかもしれないけど、意匠としてはやってみたい。でも又右衛門は堅牢で……模型になぜ火がついてるかって……言っちゃっていいのかな？</span>

<span class="fontRed">幅：いいんじゃないですかね（笑）。</span>

<span class="fontGreen">五十嵐：吹き抜けを造らなかった又右衛門の案に激怒した信長に、「理由を説明させて下さい」って言って火をつけるんですね。他の人の模型にも。</span>

<span class="fontRed">幅：自分の模型だけに火をつけるんだったらわかりますよ。でも「中井殿、ごめん」とか言って（笑）、模型に火をつけて、中井さんがビックリしてる横で池上さんの模型にもつけるんだけど、でも池上さんは「俺の模型にもやられるな」みたいな表情をパンしてるところのあの間合いがすごい見所で（笑）、「あー、火つけられる！」みたいな。</span>

<span class="fontGreen">五十嵐：で、３つ火をつけて、「いちばん燃えないのは俺だろう」って証明するんですよね。吹き抜けがあると火の通り道になってすぐに広がってしまうけれど、自分の案は火が移らないと。ちょうど今年の頭に中国のCCTVっていうレム・コールハスが設計した建物が花火大会で焼けたニュースがありましたが、あれも吹き抜けがあったせいで火のまわりが早かったと言われていますよね。この映画を観ながら思い出しました。で、そういった理由で又右衛門の堅実案を採用したんですが、このシーンは原作よりも映画のほうがとても鮮やかでしたね。</span><a href="http://www.extravagance.jp/guardo/200909/11.html?page=3"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="「男は城！」〜五十嵐太郎×幅允孝『火天の城』を語る" src="http://www.extravagance.jp/guardo/img/200909/11_02.jpg" width="540" height="180" /><hr><span class="fontRed">幅：そうですね。僕は信長のチョイスにも色々と……彼の武将としてのキャラクターが表れているなあと思いました。とても海外的な、「いままでにないもの」ということで吹き抜けをオーダーしたけれど、一方でものすごくリアリストで現実を直視している。吹き抜け云々以前に、死んだらどうにもならないという。武将としてはすごく冷静で、現実的な部分があるということがこのチョイスで明らかになったと思うし、そういう部分が山本さんの描く信長像とも共通しているなあと思いました。</span>

<span class="fontRed">あと僕がこの映画を観て思ったのは、銃などの新しい戦い方が出てくると、城そのものを要塞みたいにアップデートしなきゃいけない。つまり、テクノロジーをアップデートするのって、やっぱり戦争なのかあと……『戦争と建築』などの本を書かれている五十嵐さんはいかがですか？</span>

<span class="fontGreen">五十嵐：そうですね。戦争の仕事の一貫も棟梁がやる。たとえば前線でやぐらを造ったり……いま建築家の仕事として「戦争」というと切り離されて考えられているけれど、ヴィトルヴィウスという古代ローマの建築家が書いた建築書には、当時の建築家の仕事として「戦争」というのも入っています。ヒトラーに仕えていたシュペアーも普通の設計のほかに、政治的な戦争建築みたいなこともやっていましたよね。だから、建築家の仕事は突き詰めていくとそういうところに展開するというのは20世紀は特に顕著だったのかなあと思いますね。</span>

<span class="fontRed">幅：あとね、木を伐りに行くシーンも面白かったですね。城の大黒柱に使うヒノキの木が必要なんですが、これほどとてつもないお城をつくるためには樹齢何千年のヒノキが必要なんですね。それがあるのは長野県の木曽で、でもそこは当時信長の勢力が及ばぬ場所であり、さらに言うなら伊勢神宮のご神木にも使うような木がある場所なんですね。いわゆる日本において最も位の高い木でないとこの城は建たないって言って、又右衛門が探しに行くシーンが僕はとっても好きでした。</span>

<img alt="「男は城！」〜五十嵐太郎×幅允孝『火天の城』を語る" src="http://www.extravagance.jp/guardo/img/200909/11_04.jpg" width="540" height="180" />

──とはいえ、この安土城は３年で滅びてしまうわけですが。

<span class="fontRed">幅：原作で触れられていたのは、信長の身内が安土城に火を放ったという説です。つまり、この荒唐無稽でもあり、圧倒的な建築物でもある安土城そのものを使いこなせるようなキャラクターは日本の歴史をみても信長ぐらいしかいなかったんじゃないかということで、ちょっとそれは信長に味方したロマンティックな説でもあるんですけど、個人的には好きですね。本当のところはどうなんですか？</span>

<span class="fontGreen">五十嵐：……知らないですね（笑）。ただ、そういう意味で言うとコンペのシーンで模型に火をつけるというのは安土城の最期を暗示しているような、シーンとしてビジュアル的な効果がありますよね。焼け落ちてしまったけれど、じつは安土城はその後に出てくるいろんな城のさきがけ的な存在なんですよね。</span>

<span class="fontRed">幅：そうですね。天守というものが日本に初めて出てきたのはこの安土城ですから。史実的にもそれは確かだと言われています。現代に生きる僕たちは「天守あってこその城」というイメージですが、安土城以前はそういうものはなくて、戦争に勝つための要塞として、意匠うんぬんよりも機能が優先されていたんでしょうね。そういう意味では日本の城のイメージを変える存在だったんでしょうね。あと、じつは安土城を見たことがある人ってすごい少なかったそうです。交通手段が充実していない時代ですから、そんななかで建てられてすぐに無くなってしまったので、じつは安土城って噂だけは先行しているけれど誰も見たことがない、みたいな存在だったらしいです。僕らにとってはもちろん幻ですが、当時の人たちにとっても幻の存在だったっていうところから逆に人々が夢想しやすく、どんどん膨らませていける要素がありますよね。信長の破天荒でロマンティックな人生も相まって。</span><a href="http://www.extravagance.jp/guardo/200909/11.html?page=4"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="「男は城！」〜五十嵐太郎×幅允孝『火天の城』を語る" src="http://www.extravagance.jp/guardo/img/200909/11_06.jpg" width="540" height="180" /><hr><span class="fontGreen">五十嵐：無いからこそ様々な可能性でいろんな人が復元の試案を出したりしていて、それを映画ではコンペという形で吸収していますよね。復元も数少ない証言に基づいているため微妙なんですけどね……まあでも当時はかなりキッチュだったんじゃないかなと思いますね。八角堂の上に天守が乗っかってそこに住まうという、いま我々が考えるお城の姿とはちょっと違っていたんじゃないかなあと思いますね。</span>

──今回「男は城！」というタイトルなんですが、城というのは例えば家庭を城としたり、会社を城としたり、という意味も含めての城なんですよね。そう考えると、男は築城したがるイキモノなのかなと思いまして（笑）。

<span class="fontRed">幅：僕は城というよりもむしろ箱庭を作りたいタイプなんですけど（笑）。でも、わかる気がする。「男が城を持つ」という考えは昭和３、40年代がベースになっているような気がするけど、そういうマインドっていうのはいますごく見直されつつあって。いまいちど「男が城を持つ」というのはアリなのかもしれないなあとは思いますね、たしかに。</span>

<span class="fontGreen">五十嵐：僕が監修してテキストもつけた本で、ディヤン・スジックという人の『巨大建築という欲望』というのがあるんですが、エディフィス・コンプレックス……「エディプス」じゃなくて「エディフィス」、建物コンプレックスですね。つまり、なぜ権力者は自分の力を誇示するために、城やビル、巨大な宮殿などを造るのかということを分析しています。一般に知られているのはヒトラーやムッソリーニですが、歴代アメリカの大統領が自分の名前をつけた図書館をずっと造ってきたり……古今東西あるんですね。</span>

<span class="fontGreen">逆に、日本は意外に少ないほうなんですよ。皇居には立派な宮殿がないですよね。普通外国でパレスといったら、ドーンと宮殿があるんですよ。でも皇居にはなにもない。日本はそういう意味で言うとエディフィス・コンプレックスが少ない。戦国時代前後に集中していて、江戸時代に入ると制限が出来てあまり城も建てられなくなった……だから、ある集約した時期に城がたくさん建てられたんですけど、日本人のイメージにそのときに造った城というのはひとつの刷り込みとしてすごく強く今でも機能しているなと。そこがとても面白いですね。</span>

<span class="fontRed">幅：たしかに大阪城あたりまでは城ラッシュなイメージがありますけど、江戸城なんかはサイズも含めて大きくないし、かなり質素ですよね。そう考えると意外に短い時間で日本の城の絶頂期みたいなものが集約されていたんだなあと思いますね。そのさきがけとなったのが、この安土城ということですね。ともあれ、いろんな面白い要素が散りばめられているのでぜひ観てほしいですね。</span><div align="right">（end）</div>

<a href="http://katen.jp/" target="_blank"><img alt="火天の城" src="http://www.extravagance.jp/guardo/img/200909/katen.jpg" width="540" height="280" /></a>]]>
      
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   <title>PRATICO // 脱ヨーロッパ化でさらに広く証言していく〜世界の医療団（MDM）の役割</title>
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   <published>2009-06-02T03:33:07Z</published>
   <updated>2009-06-02T06:32:51Z</updated>
   
   <summary>脱ヨーロッパ化でさらに広く証言していくことが大切──MDMシリーズ第５回目は、インターナショナル部チーフディレクター、ベンジャマン・ニュイエン氏に聞く</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.extravagance.jp/pratico/">
      <![CDATA[　VAGANCE“世界の医療団（MDM）シリーズ”第５回目となる今回は、<a href="http://www.extravagance.jp/pratico/200809/08.html" target="_blank">前回インタビューしたアドボカシー（政策提言）担当のジボワン・カトリーヌ氏</a>と同様、組織を俯瞰して分析し、世界情勢に適応した在り方をつねに模索し続ける、インターナショナル部チーフディレクター、ベンジャマン・ニュイエン（Benjamin NGUYEN）氏に話を伺った。

<strong>──まず、世界の医療団（以下MDM）に入られたきっかけを教えてください。</strong>

子供の頃に「ボートピープル」というものを知り、子供ながらにショックを受けました。それで、ボートピープルについて活動している団体があるというのを知りましたが、その時点ではそれがMDMだということは知りませんでした。

その一方で大学では法学部に入り、漠然と弁護士を目指していましたが、勉強を進めていくなかで今度は国際関係論の国際人道支援について興味が移りました。大学を出て最初はブラジルのフランス大使館で広報官をしていましたが、次に何をしようと考えたときに、国際人道支援をしている団体が頭に浮かびました。たくさんある団体のなかで、健康・保健・人権というテーマ、そしてその団体の哲学に共感が持てるかどうかというところを合わせて考え、MDMに辿り着きました。

<strong>──MDMの団体の哲学というのは具体的にはどういったものですか？</strong>

不法移民や戦争・災害に遭った人など、政治的あるいは経済的な状況によって治療を受けられない人たちがいます。しかしその現実を前に、MDMは人種や政治的に右か左かといったこととは関係なく、誰にでも医療を提供するという姿勢、そこがいちばん共感できるところでした。

<strong>──現在のあなたのMDMでの役割を教えてください。</strong>

MDMインターナショナル部のチーフディレクターを務めています。現在世界には15の支部がありますが、これらの支部をひとつにまとめることがいちばん求められていることです。これまでバラバラになっていた支部をひとつにすることで、もう少し方向性をはっきりと打ち出していくのが目的です。これまでフランスとスペインというふたつの大きな組織が中心になって色々なアクションを起こしていましたが、すべての支部をまとめることで、より「治療する」「証言する」という２つをはっきりアピールしていこうと考えています。

<strong>──今回来日した理由を教えてください。</strong>

２つあります。ひとつはインターナショナル部としての役割です。日本に限らず、すべての支部についてもそうですが、定期的に訪れることでインターナショナルのポリシーをスタッフに理解してもらうことを目的としています。もうひとつは、ちょうど年に一回の日本支部理事会がこの時期にあったので訪れました。現在インターナショナルの改革を行なっていますので、それについて説明することを目的としています。

<strong>──日本の活動に関して、どうお考えですか？</strong>

MDMがフランスで設立されて以来、ヨーロッパの11カ国で展開してきました。ヨーロッパ以外ではカナダ、アルゼンチンがありますが、いずれも文化的な背景はヨーロッパと似ています。そんなわけで、日本支部はすごく特殊な存在と言えます。ヨーロッパと文化的に似ているわけでもない、にもかかわらず、阪神・淡路大震災をきっかけに積極的に活動している。

日本支部に期待しているのは……インターナショナルという名前が示すとおり、これまでヨーロッパ風にやってきたことを、もう少し別の観点も取り入れてやっていきたいというのがあります。その意味でも、カタールやインドにも新しい事務所を設立しようと動いていますが、ようするに「脱ヨーロッパ化」というインターナショナルのあり方を模索しているんですね。

そこで今後の課題として、日本支部にはもう少し独自性のあるプログラム……現在「スマイル作戦」という修復形成外科のプログラムを中心として活動していますが、これに加えて別のミッションを独自に展開していく、ハンドリングしていくことを求めています。このことは同時に、MDM本部にとっても非常に重要だということは会長も含めて認識しているので、日本支部には早く成果を出してほしいという希望があります（笑）。<a href="http://www.extravagance.jp/pratico/200906/02.html?page=2"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="脱ヨーロッパ化でさらに広く証言していく〜世界の医療団（MDM）の役割" src="http://www.extravagance.jp/pratico/img/200906/02_01.jpg" width="540" height="180" border="0" /><hr><strong>──脱ヨーロッパ化の必然性を感じたのはどういったことからでしたか？</strong>

約30年前にMDMは創設されましたが、当時はまだソビエト連邦があったり、政治的な世界情勢としての地図みたいなものが決まっていたような気がしますが、現在はそれが色々と変化し、より複雑な世界になっています。そんななか、当時からMDMは中立性を謳っていたので国家から離れたところで活動していましたが、現状その中立性だけでやっていけるかっていうと……国家と離れたままでは問題を解決できないんじゃないかと団体の考えも変わってきているので、ヨーロッパだけに留まっているのではなく、世界に支部を広げることによって活動の自由度も上げ、ヨーロッパ以外の国々にも力をかけていこうと思います。

<strong>──さきほどおっしゃられた「日本の独自性」というのはどこにあると思いますか？</strong>

日本支部の特性としては、組織として大きくはないけれど安定しているということが挙げられます。そして、ミッションに出ると計画性に優れ、決めたことに対して正確にやれる力があるので、その部分を現場や我々の組織にも活かすことが可能ではないかと考えています。

もうひとつ具体的な例としては……先日エチオピアで起こった誘拐事件にMDMのスタッフとして参加していた日本女性の医師が巻き込まれてしまいましたが、彼女に代表される日本の専門家ボランティアは他の国から来ているボランティアとはずいぶん違うなと思いました。というのも、「個人」としての参加というよりは、「チームのなかで自分が何をすべきか」ということを考えています。だからといって誰かに何かを言われないと行動できないというわけではなく、自分の仕事と全体の仕事の両方を考えられます。今回の事件を通して、そこがとても新鮮に映りました。

<strong>──MDMの方向性として、脱ヨーロッパで世界にもっと広がっていくというビジョンはよくわかりました。とはいえ、世界の状況はつねに変わっています。そんななか、いま現在の状況と今後想定される世界においてMDMの役割をチーフディレクターとしてはどう考えていますか？</strong>

私たちはやはり現場のアクションに立ち戻るんですね。そこで何が起こっているかを証言していきます。私たちは健康問題や感染症の問題などの保健分野に特化しているように見えますが、これがいま現場で起こっていることだと証言することで……その問題が何によって引き起こされているのかは、国によってけっこう違ってくるんですね。アフガニスタンは宗教というものを引き金にして色々と問題が起こっているし、コソボみたいに民族対立が原因のところもあります。また、経済的な理由での格差はフランス国内でもあります。それらの問題のそれぞれの理由というものが、現場から見えてくる。それをそれぞれの現場を通して伝えていくことがMDMのできる貢献のひとつというふうに考えています。

たとえばヨーロッパに特化した話になりますが、ヨーロッパには様々な国から難民が流入してきますが、政治的な理由であったり、経済的な理由であったり、戦争があったりという、それぞれの理由から人々は流入してくるんですね。けれども、彼らはべつに出たくて自分の国を出ているのではなく、国を出ざるを得なかった。そして、来たら来たでまた追い返されるような、行き場を失った人たちが発生している難しい状況のなかで……我々のヨーロッパ支部ひとつひとつがそれぞれに証言して、それぞれの状況を共有しつつ、法律をこういう風に変えたほうがいい等の提案をしていく必要があります。つまり、現場はアフリカだけにあるわけではなく、ヨーロッパ内のそういった問題も無視せず、我々のネットワークを使って発言・表現し、かつ、将来的には法律改正なども行なっていくのが目標です。そこで大事なのは、１国だけでなんとかするのではなく、ネットワークを最大限に利用するということです。

まとめとしては、現場での医療へのアクセスをもう一度確保すること。それプラス、よりマクロな視点で見た場合どう映るかをつねに意識すること。この２つをもとに証言活動を行なう。根本的な問題へのアプローチというのは、両方の視点がないとできないであろうということを感じています。<div align="right">（end）</div>

<img alt="脱ヨーロッパ化でさらに広く証言していく〜世界の医療団（MDM）の役割" src="http://www.extravagance.jp/pratico/img/200906/02_02.jpg" width="540" height="180" border="0" />]]>
      
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   <title>BEVO // 真実の幸せを感じるために〜幻のシャンパーニュHENRI GIRAUDの想い</title>
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   <published>2009-04-27T01:59:54Z</published>
   <updated>2009-04-27T10:02:19Z</updated>
   
   <summary>幸福感に満ちた新しい世界、新しい喜びの扉をあけるために〜“幻のシャンパーニュ”アンリ・ジロー12代目当主に聞く</summary>
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      <![CDATA[<strong>──クロードさんにとって、シャンパーニュとは何でしょうか？</strong>

個人的なことを話すと……私にとっての原風景はメゾンの内庭と、そこに置かれているおじいさんの昔の樽、ちょっと年季が入ってツヤツヤ輝いているような樽、そして親しく付き合っていた友人たち。彼らとは常にシャンパーニュを介して楽しみの時間を分かち合ってきています。それらは過去の記憶ではありますが、自分のなかで今も生き続けているものです。

ご覧いただくとわかりますが、フュ・ド・シェーヌ2000のコルク部分というのはハートの形になっています。これは昔の樽が並んでいる、あるいは重なっているといった、身近にあった風景をイメージしたものです。いまは残念ながら、その風景はあまり見られなくなってしまいましたが、私はそういったものが美しい……感動的だとさえ思いますし、このコルクの形も素晴らしいと思っています。もしかすると、女性的な記憶と男性的な記憶を合わせたものがシャンパーニュのイメージになっているのかなと思います。とりわけフュ・ド・シェーヌはそれを象徴しているかもしれないですね。非常にフェミニンで女性的なボトルのライン、ところが中に入っているワインは力強い、そういったアンビバレントな魅力のあるシャンパーニュというのは男性にも気に入られていますが、どちらかというと女性に人気があると思います。

<strong>──フュ・ド・シェーヌ2000を飲むのにオススメのシーンを教えてください。</strong>

たとえば午後４時くらいに女性と……恋人と、というのがいちばん素敵かな（笑）。これは極めて個人的ですが、オススメするとしたら、大好きな女性と午後４時くらいに、というのが……フランスではおやつは３時ではなく４時なんです。あるいは、アペリティフとして、また美味しい葉巻と。これもやっぱり個人的ですけれども（笑）。

<strong>──葉巻がお好きとのこと、葉巻とシャンパーニュには共通性がありますか？</strong>

全く同じですね。しばしば才能、あるいは天才とは苦悩の中から生まれると言います。障害にぶつかったら人間は解決しなければいけない。そんな時に、ハードルが高ければ高いほど良い結果が生まれます。シャンパーニュ地方で言えば、寒すぎることで美味しいワインが出来なかったから、知恵を絞って何とかして美味しいワインを作らなければいけない。キューバは逆に、葉巻を作るには熱過ぎたので、同じように知恵を絞って太陽の日差しから葉を守るために日陰を作り、何度も何度も……発酵の段階をシャンパーニュが経るのと同じように、太陽の光をコントロールして葉を良い状態に仕上げていくのです。そしてシャンパーニュも葉巻も一種類ではなく、異なるテロワールのものを合わせなければいけない。

まったく気候の違う国でありながら、キューバとシャンパーニュ地方の人間というのは同じ経緯を踏んで、同じ方法論を生み出してきたと言えます。以前はそんなことを考えずに葉巻を吸っていましたが、そういった歴史や生産方法を知ったときに、自分が味わっている葉巻のアローマにより興味を持つようになったし、どんなテロワールからこの葉巻が生まれたんだろうと考えるようになりました。そしてさらにシガーを楽しめるようになりました。

シャンパーニュを飲みながら葉巻を吸うと、冷たいテロワールから生まれたものと、暖かいテロワールから生まれたもののコントラストが感じられる。熱い国で生まれたシガーを吸うことで自分も熱くなり、寒い国で生まれたシャンパーニュを飲みたくなるのです。私はこれをよく「美女と野獣」に例えます。シガーとシャンパーニュが良いマリアージュだとしたら、それは野獣とお姫様の組み合わせの妙ということです。良いシガーと良いシャパーニュンのマリアージュに出会ったときは、本当に良質の時間を過ごせます。

葉巻とシャンパーニュにはもうひとつ共通点があります。現代社会にとって非常に重要なことですが、ストレス発散が出来るということです。仕事の疲れをほぐすには、スポーツや様々な活動に参加することも良いでしょうが、何もせず、シャンパーニュを飲んで葉巻をくゆらせるのも良いものです。親しい友達と一緒にいるだけで良くて、体を動かしたり、何もしてはいけません。

良く巻かれていてクオリティが高い、かつ、強過ぎない葉巻であることが重要です。シャンパーニュも美味しくないと、マリアージュは壊れてしまいます。おそらくコニャックやウイスキーよりも、シャンパーニュと葉巻という組み合わせが面白いと思うんです……葉巻とシャンパーニュの話だったらあと何時間でも喋れますが……（笑）。<div align="right">（end）</div>

<img alt="SZEPSY WINE" src="http://www.extravagance.jp/bevo/img/200904/20_03.jpg" width="540" height="180" />]]>
      
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   <title>BEVO // 真実の幸せを感じるために〜幻のシャンパーニュHENRI GIRAUDの想い</title>
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   <published>2009-04-27T01:45:00Z</published>
   <updated>2009-04-27T10:04:05Z</updated>
   
   <summary>幸福感に満ちた新しい世界、新しい喜びの扉をあけるために〜“幻のシャンパーニュ”アンリ・ジロー12代目当主に聞く</summary>
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      <![CDATA[<strong>──寒いというほかに、アイ村の特徴を教えてください。</strong>

アイ村は非常に珍しい土壌です。パリ平地の淵に位置しますが、パリ平地は昔、海底に沈んでいました。そしてマイクロクライメイト（微細気候）と呼ばれる、アイ村特有の気候があります。地層が石灰質ということ、アイ村の丘のふもとにはマルヌ川という川が流れていて、そこから湿気をおびた風が吹いていることもブドウの生育に良い影響を与えています。

川が流れているということは交通の手段にもなるため、パリとも行き来が盛んに行なわれていました。シャンパーニュをパリや他の地方へ運搬するにも役に立ったのです。それだけでなく、パリの文化や流行もアイ村に届き、アイ村を中心としてシャンパーニュ地方が文化的に豊かになったのですね。王侯貴族たちが別荘を作り、新しいアイディアや新しい思想が生まれ、そのなかで泡の入ったワインに注目が集まり、「シャンパーニュ」という名前がつけられ、新しい流行になっていったのです。

<strong>──土壌が石灰質だと、シャンパーニュにどういう影響がでるのでしょうか？</strong>

ミネラル感がシャンパーニュにもたらされます。ミネラルは様々な味のバランスを整える役割を果たします。だから日本料理や中華料理にもよく合うのでしょう。シャンパーニュを飲んで前歯に少し石灰質が残る感じというのがまさにミネラル感なのですが、それがあらゆる味をバランスよくまとめます。アイ村のブドウに備わっている特徴ですね。

<strong>──今回、世界に先駆けて東京を中心に発表された「フュ・ド・シェーヌ」2000年の新ヴィンテージの特徴を教えてください。</strong>

2000年ヴィンテージは、日本の文化との共通点が見出せるのではないかと思います。小さな楽曲、繊細な音楽のように、非常にバランスがとれています。洋梨、さくらんぼ、ミンツ、杏の種……その背後にミネラル感が広がり、キュヴェを息づかせ、リズムやテンポを与えてハーモニーを生む。それは日本人の暮らし方、生活、生き方にマッチしているのではないでしょうか。

<strong>──日本は市場としてどう捉えていますか？</strong>

私たちにとって日本の市場は大変重要です。フランスの料理界で名シェフと呼ばれる人たちが、日本にインスピレーションを求めてやって来るのがよくわかります。そういったシェフと同じような気持ちをもって私たちも日本というマーケットを捉えていて、それはかならずしも日本の市場を広げ、販売量を増やすというのではなく、本当にアンリ・ジローのシャンパーニュを楽しみ、その味わいを認めてくださる方々を見つけたいという気持ちからです。

<strong>──アンリ・ジローのフィロソフィについて教えてください。</strong>

いまの時代に私たちが本当に大切にしなければならないのは、友情の時間、喜びの時間です。もちろん、みんなで集まって喜びを分かち合うのも大事ですし、そういった機会を作るのも、また、そんなときの幸福感を作るのもシャンパーニュの力です。しかしそれだけではなく、ひとりひとり、自分のための幸せや喜びを作ることも必要です。たとえ大勢の人が集まっていたとしても、ひとりひとりが幸せを感じていなければそれは本当の意味で喜びのときにはならないのではないかと思うのです。アンリ・ジローのシャンパーニュを一度召し上がっていただければ、おそらくそれがわかっていただけるのではないかと……幸福感に満ちた新しい世界、新しい喜びの扉が私たちの作るシャンパーニュで開けられたらと願っています。お酒を飲むこと自体も喜びですが、アンリ・ジローを飲むことがさらに別の喜びにつながる、そんなことを夢見ながら、そんな思いを実現したくシャンパーニュづくりをしていると言えます。<a href="http://www.extravagance.jp/bevo/200904/27_3.html"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="SZEPSY WINE" src="http://www.extravagance.jp/bevo/img/200904/20_02.jpg" width="540" height="180" />]]>
      
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   <title>BEVO // 真実の幸せを感じるために〜幻のシャンパーニュHENRI GIRAUDの想い</title>
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   <published>2009-04-27T00:51:46Z</published>
   <updated>2009-04-27T10:06:45Z</updated>
   
   <summary>幸福感に満ちた新しい世界、新しい喜びの扉をあけるために〜“幻のシャンパーニュ”アンリ・ジロー12代目当主に聞く</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.extravagance.jp/bevo/">
      <![CDATA[　３月初旬、「幻のシャンパーニュ」と呼ばれるHENRI GIRAUD（アンリ・ジロー）の誇るプレステージ・シャンパーニュ「フュ・ド・シェーヌ」の2000年ヴィンテージが世界のどこよりも早く日本で発表された。

　アンリ・ジローのメゾンの歴史は17世紀初頭、良質のピノ・ノワールの産地として有名なアイ村に畑を手にいれたことから始まる。シャンパーニュ地方におけるワインのAOC（原産地統制名称）に認定されるアイ村の323のクリュ（区画）のうち、グラン・クリュに認定されているのはわずか17。アンリ・ジローの所有する約８ヘクタールの自社畑はすべてグラン・クリュに格付けされ、アイ村産のピノ・ノワールの魅力を体現するシャンパーニュを伝統と情熱をもって作り続けている。

　なかでもメゾンの哲学がその１本にぎっしり詰まった逸品「フュ・ド・シェーヌ」は、その名（「樫の木の樽」の意）のとおり、アルゴンヌの森の樫で作られる特別な樽で１年熟成させた後に瓶詰めがされ、７〜８年の歳月を経て手作業で澱抜きがされる、まさに特別なシャンパーニュである。

　新ヴィンテージのお披露目のため来日したアンリ・ジロー12代目当主、クロード・ジロー氏に話を伺った。

<strong>──ジロー家の歴史について教えてください。</strong>

私たち家族の祖先がシャンパーニュ地方に住み始めたのは17世紀からです。1625年、初代となるフランソワ・エマールがアイ村に移り住み、ブドウ畑を手に入れ、収穫したブドウでワイン作りを始めましたが、当時はまだ発泡性のワインは発明されていませんでした。じつは19世紀末、アブラムシが原因でヨーロッパ全域のブドウ畑が損害を被り、その後、私の祖父レオン・ジローがブドウの木を植え直し……植え直すというか、当時の最新技術であったアメリカ式接木で再生させたのです。

それから４世紀ちかくを経た現在も私たちはアイ村で暮らし、畑を耕し、ブドウを収穫しています。1885年以前はシャンパーニュは「アイ村のワイン」という名前で呼ばれていたことからもわかるように、アイ村は歴史的にも重要なシャンパーニュの産地であり、良質なピノ・ノワールのグラン・クリュの畑があることでも有名です。「アイ」は日本語では“愛＝アムール”です。これは偶然とは思いますが、私たちも精一杯の愛情を注いで、アイ村でワイン作りに励んでいるのです（笑）。

<strong>──ジロー家がシャンパーニュ誕生の歴史に関わっていたのでしょうか？</strong>

シャンパーニュは「誰が発明した」とは言いきれないものです。良いワインを作ろうと技術を改善していくなかでシャンパーニュが生まれました。シャンパーニュ地方はブドウが実を付けることのできる最北限に位置し、非常に寒いのです。収穫後すぐに発酵が始まりますが、寒さによって発酵が終わりきらないうちに止まってしまい、発酵しきれないまま瓶詰めにし、春がやってきて気温が上がると、まだ残っている糖分を酵素が食べ始め、再び発酵が始まります。それが炭酸ガスを生み、しばしばボトルを爆発させました。当時、そのメカニズムがわかっていなかったので、人々はそれを「悪魔のワイン」と呼んで罵っていたようです。

しかし18世紀初頭に、その気圧に耐えられるような厚みのボトルが開発され、爆発することもなくなりました。そんなわけで、シャンパーニュ地方の人々がひたすら良いワインを作りたいと知恵を絞って開発した結果出来あがったのがシャンパーニュということで、「誰が発明した」とは言えないのです。<a href="http://www.extravagance.jp/bevo/200904/27_2.html"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="SZEPSY WINE" src="http://www.extravagance.jp/bevo/img/200904/20_01.jpg" width="540" height="180" />]]>
      
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   <title>ASCOLTO // 音楽をつくることは救いでもある〜渋谷慶一郎インタビューvol.2</title>
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   <published>2009-04-17T02:32:29Z</published>
   <updated>2009-05-07T01:16:54Z</updated>
   
   <summary>音楽をつくることは救いでもある──すべてを受け入れることを余儀なくされた、音楽家・渋谷慶一郎が行き着いた先とは</summary>
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      <![CDATA[<a href="http://www.extravagance.jp/ascolto/200904/08.html" target="_blank">（vol.1から続く）</a>

──コンピュータ休止前の最後のツアーとなる、今度のジャパンツアーはどういったものになるでしょうか？

<span class="fontGreen">これは完全にコンピュータのみでやります。filmachineを含めた第一期の第三項音楽と、その前にATAKでやってきたことの集大成的なもの、そしてそれを壊すようなものが共存している感じになるんじゃないかなと思っています。</span>

──渋谷さんのほかにはPan sonic（※）、evala、刀根康尚というラインナップですね。Pan sonic、evalaについてはATAKでもおなじみのアーティストですが、刀根さんは面白いことをやっている73歳ということで（笑）。高橋悠治さんもそうですが、渋谷さんはかなり上の世代と仕事をすることが多いですね。（※インタビュー後、Mika Vainioの足の負傷によりPan sonicの来日が中止になり、池田亮司が全公演参加となった）

<span class="fontGreen">特に老人好きということはなくて（笑）、単に好き嫌いとかクオリティで選んでいるだけなんですが……まず「自分と違う」ということ、そして「面白い」、それから「世界に代わりはいない」というアーティストじゃないと、一緒に仕事する意味がないというのはありますよね。そうやって選んでいくと、結果的に悠治さんや刀根さんのような世代の人たちは強い。Pan sonicにしたって僕より10歳上だから……若い世代で面白い人に出会いたいとは思っていますが、ただ何となく思うのは、モノを創ることに興味があったり、モノを創りたいというところに、優秀な人材が集まっていないという気がしています。それはアート、音楽問わずですが。</span>

──それはなぜでしょうか。

<span class="fontGreen">これは東浩紀さんと対談したときに彼が言っていたことですが、「アーキテクチュア」という言葉が流行っていることでわかるように、作品を創るというよりも、作品を創るためのシステムを作るという方向に注目が集まっていますよね。でも、僕にとってはそのふたつは、近いようで全然近くないんです。僕は人が作品を創るためのシステムを作ることにまったく興味がなくて、自分が作品を創ることにしか興味がないから、絶滅種なんじゃないかと思いますけど（笑）。これは日本だけの現象ではなくて、ヨーロッパでもそんなに興味深いアーティストは出てきていないですから。もしそういうアーティストがいたら一緒にやりたいっていう気持ちはすごくありますが、現状、具体的にはあまり知らないです。</span>

──そんななかで、Mika Vainio（Pan sonic）やi8u＋Tomas Phillipsをリリースされましたが、彼らはどこが違ったんでしょうか。

<span class="fontGreen">まずMika Vainioですが、彼は音楽のことしか考えないような人で、驚異的に耳が良いんですね。今回出た『ATAK012 OLEVA &#216; Mika Vainio 』というアルバムは、彼が３年ぐらいかけて作って、Sahkoというヨーロッパの小さいレーベルから出したソロアルバムですが、ATAKから日本盤を出してほしいって相談されたんです。そのときに、日本盤用にボーナストラックを作ってほしいと言ったら、アルバムとして完全に完成しているから、ボーナストラックが入る余地はないって言われたんですね。ただ、それからしばらくして６月にmariaのことがあったときに、彼から突然「Hikari」って書いてあるCDRが送られてきて、これがけっこう長い曲で、これをボーナストラックに入れてくれって言うんです。あきらかにmariaのための曲だなって一聴してわかったんだけど、mariaがどうとかって一切言わないんですよね。</span>

<span class="fontGreen">EUツアーのベルリンでのライブで久しぶりに会ったときも、ライブ前はほとんど喋らないんですよ。「今日の進行は？」とか事務的なことだけで（笑）。いつもそうなんだけど、もうちょっと何か言うことないのかな？　という（笑）。で、僕のライブが終わってステージを降りたら、満面の笑みで近寄ってきて……なにも言わないんだけど、内容が気に入ったことはすぐにわかるんですね。</span><a href="http://www.extravagance.jp/ascolto/200904/17.html?page=2"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="音楽を作るということは、ひとつの救いでもある〜渋谷慶一郎インタビューvol.2" src="http://www.extravagance.jp/ascolto/img/200904/15_01.jpg" width="540" height="180" /><hr>──わかりやすい人ですよね。

<span class="fontGreen">ある意味ではそうなんですけど（笑）。でも彼は本当に音だけで生きていて、あそこまで徹底している人は電子音楽では珍しいですね。そういえば以前彼が言っていたのは……アナログの機材で音を作っているときに「この音がいい」って思うと、録音するよりもメモリーするよりもなによりも先に、この音を作っているいまこの状態が自分から逃げないように、窓やカーテンを全部閉めるらしいです。動物でしょ、もうほとんど（笑）。</span>

<span class="fontGreen">あと、いまどき珍しいことに、彼はコンピュータで編集しないんです。アナログの機材をいっぱい並べて演奏して、それをミキサーでまとめて、ミキサーのOUTをDATのINに入れて、DATで録っておしまいなんです。だから、いいテイクが録れるまで100回でも録って、そのベストテイクが曲になっているんです。編集しないってことが重要ではなくて、DATに一発で落とすっていう集中力と、多分DATというテープの音質が重要なんだと思います。テープがマスターになっていることは彼にとっては重要なんでしょうね。</span>

<span class="fontGreen">ATAKは小さいレーベルだから、本当に良いと思わなかったら人の作品を出す意味なんてないんです。でもこういう人はまず珍しいし、エレクトリックミュージックの歴史で考えて、DATマスターでここまでの完成度のものを創るっていうのは、たぶん彼が最後になると思うんですよね。だからそれはアーカイヴしておく意味があるから、リリースしようと思いました。</span>

──i8u＋Tomas Phillipsについてはどうですか？

<span class="fontGreen">i8uはカナダに住んでいる女性アーティストで、旦那さんも子供もいるんですね。モントリオールでライブがあったときに遊びに行ったんですが。で、カナダの山などでフィールドレコーディングしてきた素材を自分の部屋でmax/mspとかを使ってプロセシングして音楽を作っていて、それ自体は珍しいスタイルではないんだけど、なにかで聴いて「いいな」って思って、昔ATAKが出した『60 sound artists protest the war』というコンピレーションで曲を提供してもらいました。そのとき以来の付き合いです。ただメールだけで５年くらい知っていて、男か女かもわからなかったんだけど、去年のモントリオールで初めて会ったという（笑）。彼女も僕の音楽をすごく気に入ってくれていて、多分共通点があるとしたら、彼女もクラシックの教育を受けてきた人だけど、それをコンピュータに安易に持ち込まないんですね。そういうのは好きなんですよね。音楽的語法ではないもので、いかに豊かなものを作るかというのは。</span>

<span class="fontGreen">Tomas Phillipsはイギリス人で、僕は会ったことがないんだけど、NYの12Kとかから作品をリリースしている人ですね。ずっとi8uは彼とコラボレーションしていて、良いのが出来てすごく自信があるからATAKでぜひ出してほしいって相談を受けました。で、実際に聴いたらすごく良かった。でも１曲が長かったりして、いくつか気になるところがあって、少し手を入れたら良くなるんじゃないかなと思いました。</span>

──彼らの作品はこれまでATAKがリリースしてきた作品群とは変わった印象がありますが。ドローン主体というか。

<span class="fontGreen">ドローンみたいな音が切れ目なく続いていくスタイルは2000年以降流行りましたが、ほとんどがコンセプト一発みたいなもので、つまらないなあと僕は思っていて、その流れには乗れなかったんですね。でも、シーンとしてこれだけ続くのは何か必然があるはずだと思って色々聴いたんだけど、どれもすごくつまらなかった。</span>

<span class="fontGreen">そんななかで彼らが送ってきた作品は、ドローンなんだけど聴いていて全然飽きなかった。CDをかけると部屋の空気が変わるような新鮮さがあったんです。フィールドレコーディングで山の音とかを録っているから、それをどんどんエディットしていくと、もとの変化というのは空気の変化によって出来ていたりするわけですよね。その変化をコンピュータで拡張して音楽にしていくというのは、ハーモニーみたいな音楽的な変化とは別の次元で、響きの連続やレイヤーされた時間が続いていくということでしょ。そう考えるとドローンとフィールドレコーディングの関係というのは、かなり密接なんですよね。それで、ドローンとフィールドレコーディングの傑作をひとつアーカイヴするとしたらこれだろうって自信をもって言えるから、僕が完全にプロデュースしてリリースすることにしました。</span><a href="http://www.extravagance.jp/ascolto/200904/17.html?page=3"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="音楽を作るということは、ひとつの救いでもある〜渋谷慶一郎インタビューvol.2" src="http://www.extravagance.jp/ascolto/img/200904/15_02.jpg" width="540" height="180" /><hr>──これまでATAKでは、他の人の作品にこれほど手をかけたことはないですよね？

<span class="fontGreen">初めてですね。最初に２曲送ってきていたんだけど、アルバムとしては時間的にちょっと足りないからもう１曲短めのものを作ってほしいとオーダーして、出てきたものを４、５回作り直してもらいました。１曲目があまりにも良かったから、その水準をどうしても求めてしまったんですね。あと、３曲目は長い曲なんだけど、途中で４分くらいピーっていう高音がずっと続いていたんですね。そこをばっさり切らせてもらって、ちょっと自分の音も足したくなったので彼らに相談したら、「ぜひやってほしい」ということになって、結果的にだいぶ僕が音を足したり構成を変えたりしたんですが、とても喜んでもらえました。そんな感じだったので、１、２曲目は彼らのコラボレーション、３曲目は僕も含めた３人の共作で、４曲目は僕が１曲目をリミックスするという作品になりました。元々４曲目のリミックスは最初に決まっていましたが、リミックスをこんなに丁寧にやったのは初めてですね（笑）。10分以上あるし。</span>

<span class="fontGreen">ただ思うのは、結果的にi8uという友達の力を借りて、自分ひとりじゃコンピュータミュージックの新作は作れなかったのを、作らせてもらえたっていう気もします。僕もこういうドローンで何かを作りたいというのは思っていたから。だからほとんど自分の最新作に近いものだと思っていて、とても愛着のある作品です。</span>

──先ほどから出てくる「アーカイヴ」という考え方はATAKらしいと思います。リリース、ではなくてアーカイヴという考え方ですね。

<span class="fontGreen">そうですね。データがなくなってしまうと、本当にその曲がなくなってしまうということが起こり得るわけだから、アーカイヴという意味で「これは絶対に必要」と感じるような、残しておくべき音楽だったら現状では一度モノにしておくことに意味はあると思います。でも逆に、そのレベルに達していないものは……リリースするということは多大な労力とリスクが必要だから、できないですね。</span>

──現時点で、目指したい方向みたいなものはありますか？

<span class="fontGreen">これは電子音楽じゃないんだけど、『fur alina』というアルヴォ・ペルトのCDに僕はすごい救われたんですね。というのも……偶然なんだけど、「for maria」を書き終わったときにペルトのことをすごく思っていたんです。なぜ彼があんなにシンプルな音楽を作り続けているのかわかった気がして。それまでは特別に好きな作曲家でもなかったけれど、時々「この人はすごいのかもしれない」って思うことがあったというくらいで。それが、「for maria」のコンサートが終わって音楽を聴くぐらいしかできない時間があったから、ネットとかで色々調べていたら、そのfur alinaというfor mariaとすごく似ているタイトルのCDがあることを知って。しかもペルトの誕生日が、mariaと同じ９月11日だっていうことも知って、とても奇妙な繋がりを感じたんですね。それでfur alinaを聞いてみたら、とてもシンプルなCDなんだけど、すごい救われたんです。</span>

<span class="fontGreen">だからいまは、「音楽は人を救えるか」というのは個人的なレベルだったら僕は可能だと思います。大量の人民を救うかどうかってことは、僕にはあまりにも大仰すぎてなんとも言えないけれど……このCDがなかったら、この音楽がなかったら、僕は生きていたかどうかわからなかった。それはすごいことだと率直に思います。それにはやっぱり、なるべくシンプルなほうがいいと思うので、『for maria』という次に出す予定のCDも、完全にピアノの音しかないアルバムにしようと思っています。</span><a href="http://www.extravagance.jp/ascolto/200904/17.html?page=4"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="音楽を作るということは、ひとつの救いでもある〜渋谷慶一郎インタビューvol.2" src="http://www.extravagance.jp/ascolto/img/200904/15_03.jpg" width="540" height="180" /><hr>──ピアノに回帰するということでしょうか。

<span class="fontGreen">そういう意味ではないと思います。for mariaのコンサートのリハーサルに僕は遅刻したんですね。20分くらいかけてどの靴を履こうか選んでいたからなんですが。かなりの精度でペダルを踏んでいる感じが足に伝わるためには、どの靴を履いていけばいいかっていうことで靴を選んでいて、結局MARC JACOBSのVANSになりましたが（笑）。</span>

<span class="fontGreen">ピアノのペダルって基本的に音を伸ばすためのものなんですね。響かせるというか。でも、踏んですぐ上げてまた軽く踏むとか、そうすることによって、ひとつの和音でも変化したり、光の当たり方が変わっていくような音色が作れるんです。それは、ここ10年くらいコンピュータで音を作ってきたことの影響だと思いますね。昔からピアノを弾いていましたが、以前はそうやって踏まなかったし、そうやって響かせなかったから。</span>

<span class="fontGreen">だから、コンピュータとピアノのミックスという意味で言うと、コンピュータの音を後ろで流してそのなかでピアノを弾くといったスタイルより、ペダルの踏み方、音色の作り方、指の掴み方でピアノ自体の音色が変わっていくっていうことのほうがミックスのされ方としては洗練されている気がします。はいコンピュータやめました、はいピアノですっていうより、切り口は違うけれど、自分の中では繋がっている……ただ、いまはこれしかできないっていう気持ちも同時にありますが。</span>

──それにしても、ひとりの音楽家として非常に複雑な人生を送っていますよね。

<span class="fontGreen">普通こんなに色々と起こりませんよね（苦笑）。</span>

──大昔の作曲家みたいですね（笑）。

<span class="fontGreen">……そうですね、言われてみれば（苦笑）。</span>

──モノを創るということは、本来はそれだけ色んなものを磨り減らされる作業ですからね。自分もその周りも含めて、すべてを磨り減らして作品を世に送り出す作業ですから……。

<span class="fontGreen">でもそれはあまり現代的じゃない気がするんだけど（苦笑）。たとえばクリエーターってもっと響きとして軽快ですよね。「昔の音楽家みたい」っていうのは思ったことがなかったけれど、言われてみたらそうかもしれませんね……でもそれだったら、僕もクリエーターのほうがいいですけど（苦笑）。ただ、本当に楽じゃないですよね。それを受け入れるのもけっこう難しいことで……色んなことを受け入れないで僕は生きてきたから。ここにきて否応なしにすべて受け入れないと生きていけない状況になったわけで、だからそれを僕は受け入れていますが。</span>

──世の中には救われたい人がたくさんいて、何に救われるかはその人の取捨選択に委ねられていますが、その間口をできるだけ広げてあげるためにもモノを創る人たちにとても期待しています。そこに渋谷さんが自分の体験から入ったというのは大きな意味があることだと思います。

<span class="fontGreen">そうですね。今回のことで、救われるものを必要としている人がいることはよくわかりました。僕もいままで生きてきたなかで、音楽がこれほど必要だった時期はなかったし。癒しとかいうレベルではなく、本当に生きるか死ぬかの問題なんですね。ちょっとずれるかもしれないけど、たとえば南米の「サウダージ」ってありますよね。あれは日本に輸入されるとオシャレなカフェ・ミュージックみたいなものに使われますが、本来は全然違うんですよね。命がけのロマンティシズムで、このエモーショナルがないと生きていけないとか、このロマンティシズムがないと自分が朽ち果ててしまうっていう本当にギリギリの感覚がリズムやコード、メロディとしてグシャッと混ざって、成熟した果実みたいになってるわけです。いまはその感じがよくわかります。で、それは意外にシンプルな音楽だったりするんですよね。</span>

──おそらく人生のなかでの極限的に色んな感情が交叉して辛い時期かもしれないけれど、ある意味、ひとりの作曲家としては大きなチャンスだとも思います。実際、今回インタビューしてだいぶ考え方が変わったなと驚かされました。

<span class="fontGreen">すごい変わりましたね。だから、音楽を作るっていうこともひとつの救いなんですよね。作れるってことじゃなくて、作るってことが……だから、できるかどうかわからないけれど、いまは作るしかないかなと思っています。</span><div align="right">（end）</div>

<a href="http://www.atak.jp/info/" target="_blank"><img alt="ATAK NIGHT4 Japan Tour" src="http://www.extravagance.jp/ascolto/img/200904/tour.gif" width="540" height="270" /></a>]]>
      
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   <title>GUARDO // いろんな悪いことはあるけれども、やっぱり世界は面白い〜『雪の下の炎』対談</title>
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   <published>2009-04-13T05:57:28Z</published>
   <updated>2009-04-13T11:49:11Z</updated>
   
   <summary>『雪の下の炎』楽真琴監督とCandleJUNEが語る“等身大の平和”とは</summary>
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      <name>Vagance</name>
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         <category term="GUARDO" scheme="http://www.extravagance.jp/guardo/" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.extravagance.jp/guardo/">
      <![CDATA[　「平和」という言葉はとても危うい。あるときは質実ともなう崇高な社会実現として、そしてまたあるときは政治に利用され歪曲した絵空事として。それゆえ、「平和」という言葉を口にする際は無意識に身構え、襟を正して挑まないといけない気持ちになる。

　チベットに人権など存在しません。私がその生き証人です。──中国軍の侵攻に対し、チベット民族が蜂起した1959年に非暴力のデモを行なったという“罪”で投獄され、我々の想像を絶するむごい拷問を受けながらも33年間を生き抜いたチベット僧パルデン・ギャツォの姿をドキュメンタリー映画『雪の下の炎』で追った楽（ささ）真琴。

　2001年に広島で平和の火を灯して以来「Candle Odyssey」と称し、グランド・ゼロ、アフガニスタン、カンボジア、中国チチハル、ロンドン、広島、長崎、神戸、新潟などの争いや災害のあった地を巡り世界各地で火を灯す旅を続けるCandleJUNE。

　このふたりは「平和」というやっかいな言葉をじつに楽しんで口にし、人類や世界の平和を身近なところから考え、捉え、自分なりに咀嚼し表現することで、自己の生と向き合っている。彼らの「平和」を『雪の下の炎』を通じて考えてみたい。


──おふたりはこの『雪の下の炎』のイベントでお会いされていたとのことですが。

<span class="fontGreen">CandleJUNE（以下Ｊ）：そうですね。知人に紹介されて、キャンドルを灯しました。</span>

<span class="fontRed">楽：本当に素晴らしかったです。当日はすごくバタバタしていて、きちんとご挨拶せずにすみません……あのキャンドルを作っているんですね。ほかにもフリーペーパーとかも作られてるんですか？</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：これは『6paper』という、青森の六ヶ所村の再処理工場に対して、反対というか……最近「反対」という言葉を使っていないんですが、止めたいなと思って、そのためにどうしたらいいかなと思って作ったフリーペーパーです。いわゆる「反対派」というとモノクロのチラシみたいなイメージですが、多くの若者はそれだけで拒否反応を示すので全部カラーで、突っ込んだ話や誰が悪いということではなく、現実はこうですって伝えています。そのなかで苫米地さんという、反対運動をしながらお米を作っている人をクローズアップしているんですが、というのも、問題の全体を捉えないと反対してはいけないみたいな雰囲気はやめてひとりの人にクローズアップして、自分にもいるようなお母さんみたいな人がなぜ反対運動しているんだろうってことを知るほうが近道かなと。</span>

<span class="fontRed">楽：そうですね。ひとりの人にクローズアップして問題を捉えて主張していくことは、私も『雪の下の炎』においてパルデン・ギャツォ氏を通じてやろうと思ったことです。チベット問題にまつわる映画はこれまでにもたくさん作られていますが、私が表現したかったのは、自分自身が人間と関わったときに、その人の想いの側に立つことで変わることができるということで、おそらくJUNEさんのこのフリーペーパーと同じことだと思います。</span><a href="http://www.extravagance.jp/guardo/200904/13.html?page=2"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="いろんな悪いことはあるけれども、やっぱり世界は面白い〜『雪の下の炎』対談" src="http://www.extravagance.jp/guardo/img/200904/13_01.jpg" width="540" height="180" /><hr><span class="fontGreen">Ｊ：映画を観させていただきましたが、そうですね。チベット問題について人に色々と伝えたいけれど、そもそも自分が生まれる前から起こっていることだから、何をどう伝えればいいかっていうことが難しいんです。そういったときにこの映画を薦めたいなって思いました。肝心なのは国家間の話とかではなく、この映画を観て「この人かわいそうだな」って思うだけでもいいし……映画のワンシーンでパルデンさんが、33年間も投獄・拷問を繰り返されてきたということを世界は知らないし忘れている、みたいに言うセリフがありましたが、それを観て「ごめんね」って思うだけでもいいんですよね。なぜか僕らはこういった問題について、大きな問題として捉えないといけない、そうしないかぎりはこの問題には触れちゃいけないって思いがちですが、もっと個人として考えて、それが自分のお父さんやおじいちゃんだったらとかって置き換えたら、その問題ってすごく身近になるんですよね。それで「痛かっただろうな」とか「かわいそうだな」、「もうこんなふうになってほしくないな」って、多くの人が思うことが大事だと思います。</span>

<span class="fontRed">楽：そうですね。やっぱり人間って感情から入っていったほうが強いですからね。パルデンを取材し、映画を作っていく過程で、ダラムサラやチベット、イタリアに行っていろんな人に会いましたが、その人たちの想いが凝縮されていくんですね。私がいちばん強いと思えるドキュメンタリーは人とつながるものなんです。やっぱり人がいちばん面白いと思うから。でもそれを映像体験に落とし込むのはまだまだ未熟で……どうやって人の人生を映像化するかって常に考えてるんですが。JUNEさんがキャンドルに託している理由は何ですか？</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：「キャンドルを作り始めたきっかけは？」と聞かれても、いまだにシンプルに言えなくて、もう「運命」ということにしています（笑）。物心がついたときから「何のために生まれてきたのかな」っていう問いがずっとあって辛かったんですね。家族と生活していたときはまだ良かったんですが、一人暮らしをするようになって、完全にその問いと向き合うことになったんです。食べる、住む、暮らす、ということのために日常の大半を過ごすわけで、そうすると「生きるために何かを生きている」というか……よくわからなくなってきて、いろいろ考えた結果、全部やめようと思ったんです。食べることも寝ることもしない。理由がわからないから、やめようと。</span>

<span class="fontRed">楽：いつぐらいのことですか？</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：18、19くらいですね。３日間ほどそういう状況でいましたが、そのときにロウソクを１本灯していたんですね。最初は音楽をかけたりして、より自分と向き合うための部屋作りをしていましたが、逆にそのエネルギーのほうが強い感じがしたので全部ナシにして、最後に残ったのがロウソクでした。自分と会話するためにロウソクが必要だったんでしょうね。生死についてずっと考えていて、徹底的に自分と語り合って、どう「死」というものを迎えればいいかってことを考えていった結果、全部やめていったんですが……最終的には、ほぼ無意識のうちに丸正に買い物に行ってたんですよ。</span>

<span class="fontRed">楽：（爆笑）丸正ですか？</span><a href="http://www.extravagance.jp/guardo/200904/13.html?page=3"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="いろんな悪いことはあるけれども、やっぱり世界は面白い〜『雪の下の炎』対談" src="http://www.extravagance.jp/guardo/img/200904/13_02.jpg" width="540" height="180" /><hr><span class="fontGreen">Ｊ：はい、丸正です（笑）。ほとんど意識なく行って、食べ物を買って、レジのおばちゃんの「ありがとうございました」っていう一言で、「やべぇ買っちゃった！」ってハッと我に返ったんですよ。自分自身と向き合って自分を発見しようと格好つけて断食した結果、本当にシンプルな「食べる」という欲望に負けて食べ物を買ってしまい、自分としては完全な敗北を感じたわけですが、それに対して他人のおばちゃんが「ありがとう」と。その言葉が「生きるほうを選んでくれてありがとう」っていうくらいに聞こえちゃったんですね。こんなに格好悪い負けはないなと思って、もう生きる死ぬとかいう問題じゃなくて、生きることを選ぼうと思いました。そのときから自分は大人になったと思いますね。</span>

<span class="fontRed">楽：なるほどねえ。それからどう変わりましたか？</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：あとはもう、「どうやって生きるか」ということだけですよね。逆にそれで死が見えたというか、早くやることをやれば終わるなって思いました。やるべきことを早くやってしまえば、みんなが納得できる死が迎えられるんじゃないか。そうしたら、こんなに良いことはないなって思ったんです。それで「自分がやるべきことは何か」ということに集中するようになって、それがロウソクを灯して徐々に導き出した答えでもありますね。</span>

<span class="fontRed">楽：すごいわかります。「何のために生まれたか」という葛藤は私もありました。その時にいろんなものを探していて、それで私は映画製作の道に入っていきましたが、なぜチベット仏教に興味を持ったかというと、五体投地をしている人を見たときに……仏教って自分より大きな何かに身を任せているわけですよね、自己を捨てるというか。その感覚がとても素直に自分のなかに入ってきて「面白い」って思って、そうすると「何のために生きているのか」という疑問が出てくるわけですよ。その疑問を考えた時に、いちばん自分が「生きている」と感じるのはいつだろうと思って、それは自分が幸せな気持ちになるときだと気付いて。</span>

<span class="fontRed">じゃあ幸せになるにはどうすればいいかと考えたときに、自分ひとりが幸せでも、おばあちゃんが病気だったり、子供が転んで痛い思いをしていると、その幸せな気持ちがちょっと欠けるんですよね。じゃあ究極の幸せっていうのは、みんなが平和に生きていくことなんだけど、でもそれはおそらく無理だから、自分が出来るかぎりのことをやることが私にとっての幸せかなってことに気付いて、それが生きる意味だなと。世界平和っていう大きなものではなく。</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：みんなが言う世界平和って、みんな同じような格好で、同じような価値観で、一律に大人しくしないとみたいなイメージがありますよね。でもそうではなくて、もっと瞬間として捉えるものじゃないかと思っています。ある土地には歴史背景や宗教観、文化があって、そこに行ったからにはその土地の良い面をきちんと理解して楽しめば楽しいはずだし。お隣さん同士も同様なのに、それを争ったりしていると必ずマイナスが返ってくる。その瞬間に人それぞれ、自分が見たり聞いたりする世界が平和だと思えるのは大事で、平和というのは無理して作ることでは決してないし、絶対的な自然の摂理や美しさが共通認識としてあれば、平和が実感としてもう少し具体化されるんじゃないかな。</span>

<span class="fontRed">楽：そうですよね。無理して平和を目指すわけではなく、自分がしていて気持ちがいいとか、幸せであるとかっていうことを積み重ねていったほうが、平和なものになりそうな気がしますけどね。</span><a href="http://www.extravagance.jp/guardo/200904/13.html?page=4"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="いろんな悪いことはあるけれども、やっぱり世界は面白い〜『雪の下の炎』対談" src="http://www.extravagance.jp/guardo/img/200904/13_03.jpg" width="540" height="180" /><hr><span class="fontGreen">Ｊ：反対するというのは誰か敵を作ることだから、それよりはこの時間この空間が平和だなって思えるようなものを作っていけること……たまたま自分はロウソクだけど、そこにはそれぞれができることがあって、それらを持ち寄っているから楽しい、美しい、嬉しいって思えて、みんなで平和というものを作っているんだって気持ちになるわけだから、そういうものがどんどん増えてくればいいですよね。そうすると、「辛いなあこの世界は」って諦めている人に「こっちにおいでよ、楽しいから」って言えるし、「あいつが悪いんだ」とか「あの国が悪いんだ」とかっていうだけじゃなく生きていけるんじゃないかなあと。</span>

<span class="fontRed">楽：すごいわかります。でもすごくそれは難しい気もします。たとえばイスラエルとパレスチナはずっと戦争を繰り返していて、政府の思惑に国民が巻き込まれて酷い状況ですよね。それに対してチベットは非暴力的な抗議活動を徹底して行なっていて、それが素晴らしく崇高な概念であるっていうのもわかるんだけど……もし去年のチベット騒乱が起こらなかったら、チベット問題に関わっていない人はチベットで何が起こっているかはおそらくわからなかったと思うんですよね。だからそこはバランスなのかなって思いますね。そのバランスというか、人間のなかにあるどうしようもないバイオレンスなところと、平和を追い求めるところがすごく複雑な構図になっていて、難しいですよね。チベット問題についてはどう思いますか？</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：自分のなかでは中国が最初なんです。人間って、やられたことはたくさん言うけれど、やったことは言わないなあと思ったので、広島・長崎に原爆が落ちた日はロウソクを灯しに行くけれど、終戦記念日は隣国に行って灯そうと。それで、中国のチチハルというところに行ったんです。日本軍が置いてきた化学兵器でいまも苦しんでる人がいるという場所ですね。中国政府は「日本は戦争責任をまだ果たしていない」と言っていますが、そういった国の意見は差し置き、個人的にいま被害にあってる人たち……地下駐車場を作っていたときに出てきた錆びたドラム缶を触ってしまって、中身が日本軍が置いていった化学兵器だったということで被害に遭って、土も汚染されたために砂場で遊んでいた子供たちが被害に遭ってとか……そういう事件がいくつかあった場所に行って、そのことを知りたいと思ったんですね。</span>

<span class="fontGreen">それでチチハルに行って、終戦記念日にロウソクを教会で灯したら、地元の中国人のおじいちゃんやおばあちゃんが来たんですね。そのときに初めて、自分にとってはそれが本当の終戦記念日だなあという感じがしたんですね。終戦記念日って、戦争は終わっているはずなのに、いまだにその時期に首相が靖国神社に行く行かないでいがみ合っているうちは終わっていないと思うんですね。</span>

<span class="fontRed">楽：うん、終わっていないですね。</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：そういうわけでここ３年間、終戦記念日には中国へ行ってロウソクを灯しています。そうすると中国にも良い人はいるって知るし、「中国が悪い」と一概には言えなくなるんですよね。自分は常に人で判断していきたい。にしても、社会がこれだけ成長しているのに、国家間でいがみ合う感覚はなぜいまだに変わらないんだろうって、不思議でしょうがないんですよね。去年のオリンピック前後から暴動が始まって、世界が注目し、この機会を逃すとみんなまた忘れていっちゃうから、人間の歴史から考えてこの問題は最後の大きなポイントになるんじゃないかなと思います。チベットの独立云々ということではなく、この問題は本当に良い方向性で解決しないと、完全に世界の行く先は間違った方向に行ってしまう。</span><a href="http://www.extravagance.jp/guardo/200904/13.html?page=5"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="いろんな悪いことはあるけれども、やっぱり世界は面白い〜『雪の下の炎』対談" src="http://www.extravagance.jp/guardo/img/200904/13_04.jpg" width="540" height="180" /><hr><span class="fontRed">楽：そうです。いま地球上で唯一非暴力で戦っているチベットの行く末というのは、我々人類の問題でもあると思うんですね。国際会議で要人が集まって、国益を兼ねた会話をしているところを見ると「もうこれは将来ないな」と思うけれど、国民の個人個人は対話で成り立つんですよね。たとえばプロパガンダで教育されている中国人はチベットのことについて知らないんですが、交換留学でアメリカに来てパルデンやチベット活動家に会ったら、とても丸くなるんです。真実を知るのと知らないのとでは全然違うわけですね。だから個人個人の対話が解決になると思うし……この映画のDVDにも中国語の字幕をつけようと思っています。たとえば国外に出ている中国人がこのDVDを観て、チベット人と対話してその記憶を持って母国に戻ったら、次のジェネレーションが変わっていくと思うんです。だから「中国政府変えろ！」っていうことも言い続けないといけないと思いますが、対話をもって、小さいところから変えていければいいですよね。そのためにこの映画を使ってもらって構わないし。人間が人間を幸せにしてくれるし、人間が人間を不幸にするし、なんか本当に……面白いですよね。</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：今年行けたら四川の地震の場所でロウソクを灯そうと思っていて、その後にチベットへ行きたいなあって思っているんですよ。</span>

<span class="fontRed">楽：四川省は昔、部分的にチベットだったからチベット人のお坊さんもいっぱいいて、彼らも地震が起きた後にお祈りをしたり手伝ったりしていたみたいですね。そういう考え方……たとえば『雪の下の炎』に出てくるパルデンの言葉、「中国人ももし自分を拷問しなかったら解雇されてしまうから」って、まあそれは究極的な例だと思いますが、そういうところまでみんなが気をかけられるようになれたら変わってくるんでしょうが……日々鍛錬ですよね。</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：あのセリフは完全に高次元な人間の、普通では考えられない言葉だと思いますが……映画の後半に出てくる、一緒に収容されていた衰弱した仲間に自分のツバを渡してあげた時のことを振り返って我慢できずに涙が出てしまったあのパルデンさんの想いっていうのは、いくら高次元な人でも国や宗教を抜きに、向き合った人間の死に対する想いというのが表れていて、すごく人間らしく思いました。そこがやっぱり大事だなって思いますね。</span>

<span class="fontRed">楽：まさにそうなんですよね。</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：「宗教をやってきたから、ああいった高次元な人になるんでしょ」って思うんだけど、究極の原動力は人と人の関わりなんですよね。</span>

<span class="fontRed">楽：本当にそうですよね。私は「人」のドキュメンタリーを作りたかったんです。だからパルデンのニコニコ笑ってるところもあれば、すごく気分屋で神経質なところもあるっていうのを入れたくて。きれいごとで片付けられないところで、誰かがチベット問題についてアドボケートして中国大使館の前で叫ぶことと、ダライラマが慈悲の心を問うことと、パルデンみたいに崇高な想いがあることと、そういうのが全部一緒にあるのが面白いですよね。ドキュメンタリーを撮るときに、一方的なものではなく、そういった繊細さみたいなものがあるといいなって思うんですね。だから世界は面白いなと。いろんな悪いことはあるけれども、やっぱりすべてひっくるめて面白い。ところでまた話が飛びますが、JUNEさんはいまもハンガーストライキみたいなことをされますか？</span><a href="http://www.extravagance.jp/guardo/200904/13.html?page=6"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="いろんな悪いことはあるけれども、やっぱり世界は面白い〜『雪の下の炎』対談" src="http://www.extravagance.jp/guardo/img/200904/13_05.jpg" width="540" height="180" /><hr><span class="fontGreen">Ｊ：社会的な問題に関わってロウソクを灯すときには、前の日から断食していますね。一晩中ロウソクを灯すときは何か食べていると眠くもなるし、食べていないほうが自分の中が空だから、何のために灯しているかということを求める容量がありますよね。だからこそ長い時間ロウソクを灯していたい。広島・長崎のような悲しい場所でロウソクを灯すのもいつかは止めたいという想いはあります。いつまでもみんなあの日になったら集まって、悲しいって祈る。そのたびに亡くなった人たちを降ろすわけですよ。そういうことをしているうちは終わってないなあって思います。</span>

<span class="fontRed">楽：「降ろす」という意識なんですね。</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：おそらくそういう儀式なんでしょうね。追悼だって言って。でも、亡くなった人たちが帰ってくるわけじゃないし……彼らの想いをかなえてあげないと気持ちよく逝けないと思います。「私たちは犠牲になったけれど、この犠牲を糧に原爆や核兵器や戦争がどれだけ苦しいかということを学んでね」っていうことなんですよね。それで、学んだら「ありがとう」ですよね。だからその日は本来、お祭りにしなきゃいけないんですよ。「あなたたちの犠牲から人類は学んだから、ありがとう」って感謝を捧げる日に変えていかないといけない。いつまでもその日だけ彼らを降ろしてきて、「辛かったね、悲しかったね、でもまだ変わってないんだよ世の中は」って報告していてどうするんだって思います。</span>

<span class="fontRed">楽：JUNEさんはお坊さんみたいですね。</span>

──VAGANCEではこれまでJUNEさんのお話を何度か伺ってきましたが、いつもシンプルなんですよね。それがお坊さんみたいに聞こえることもありますが、根本は常に自分の想いから始まっていて、だからすごくスッと聞けるんですね。

<span class="fontRed">楽：そうですよね。すごいわかります。</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：本当に人間が大事なのは、もらったものを吸収して糧として自分に活かすことなはずなのに、情報収集だけはみんなしていてある程度の会話はできるんだけど、「で、あなたはどう思うの？」「それをもって自分の人生にどう活かした？」っていう部分がないんですね。それをやらなきゃだめだよっていうわけじゃないけど、やったほうが楽しいよって言いたいです。何倍にも人生が豊かになると思うし……自分で行動していくなかで得ていくことっていうのは最高のドラッグなんでしょうね。人間を生きるってそういうことだと思います。</span>

<span class="fontRed">楽：本当にそうだと思います。映像の編集ってものすごい頭を使うし、大変ですが（笑）、でもいちばん私が好きなのは、映画のプロセスで人を撮ってるときなんですね。黙ってカメラの後ろにいて、ただ観察して、状況のなかにある人間を見ているときってすごい冴えるし、幸せなんですよね。</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：途中何度も話が脱線してしまってすいません。こんな対談内容で大丈夫かな？　とにかく、チベットのことを知りたかったら、この映画を観てほしいなって思います。</span>

<span class="fontRed">楽：（爆笑）。大丈夫。対談をしていることで人間味が出てきて、「あ、それでキャンドル作ったんだ」「あ、それで映画作ったんだ」みたいにわかってくるから、人間の話がいちばん面白いですよね。でもそう言っていただいて嬉しいです。</span>

<span class="fontGreen">Ｊ：チベット関連の本や映画が本当に多いなかで……ダライラマの本もたくさんあるし、読めば読むほど生きるコツみたいのはわかるんだけど、チベットの問題は？　って言ったときに、いちばんわかりやすく答えてくれるのはこの映画だなって思います。</span>

<span class="fontRed">楽：人間の物語としてね……ありがとうございます！</span><div align="right">（end）</div>

<a href="http://www.uplink.co.jp/fireunderthesnow/" target="_blank"><img alt="雪の下の炎" src="http://www.extravagance.jp/guardo/img/200904/futs.jpg" width="540" height="280" /></a>]]>
      
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   <title>ASCOLTO // 音楽をつくることは救いでもある〜渋谷慶一郎インタビューvol.1</title>
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   <published>2009-04-08T03:57:59Z</published>
   <updated>2009-05-07T01:15:42Z</updated>
   
   <summary>音楽をつくることは救いでもある──すべてを受け入れることを余儀なくされた、音楽家・渋谷慶一郎が行き着いた先とは</summary>
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      <![CDATA[　ちょうど２年前、VAGANCEでは音楽家・渋谷慶一郎および、彼と彼のパートナーであるmariaが作ったレーベル“ATAK”について<a href="http://www.extravagance.jp/ascolto/200702/06.html" target="_blank">インタビューを行なった</a>。レーベル創立５周年を迎えた当時のATAKは、渋谷慶一郎と池上高志（東京大学教授 / 複雑系研究）による“第三項音楽”プロジェクトが加速度的に進化し、予想だにしなかった展開へと突き進む渦中にあった。

　あれから２年を経て、ふたたび渋谷慶一郎を取材することになった。１月23日のイタリアを皮切りに始まったツアー『ATAK NIGHT4』は、<a href="http://www.youtube.com/watch?v=q5_JzsrcWWk" target="_blank">ベルリン</a>、ケルン、チューリッヒ、パリにてすでにライブを終え、4月11日からはツアー後半として台北、山口、京都、東京をまわる。その間を縫うように、２月18日には『ATAK012 OLEVA &#216; Mika Vainio』を、5月20日には『ATAK013 ligne i8u＋Tomas Phillips』をそれぞれリリースする。

　このスケジュールだけ見ると、相変わらずATAKは精力的に走り続けているように思えるが、じつはいま、音楽家・渋谷慶一郎はおそらく彼の人生で最も大きな変革を意図せずに受け入れざるを得ない状況にある。ひとりの音楽家の人生を考えるにつけ、いまこの時期に彼が語る言葉をVAGANCEは記録しておきたい。


──前回のインタビューからだいぶ時間が経ちましたが、その間に起こったことを教えて下さい。

<span class="fontGreen">2007年にfilmachine phonicsをリリースして、ATAK NIGHT3のジャパンツアーをやって、そのライブのDVDをリリースしました。その後ベルリンでfilmachineのインスタレーションとコンサートをやって、それは大成功で……レーベルを始めた頃にイメージしていた、第一の到達地点ぐらいまでは行ったなあという手ごたえがありました。それが2008年２月くらいですね。</span>

──到達地点まで来て、何を感じましたか？

<span class="fontGreen">満足感はあったけど、同時にいま僕の音楽を聴いていない人にまで届かせるには、何かファンクションが必要だなあとは思っていました。他方で、filmachineや第三項音楽のような活動は、可能性の宝庫だから終わりがないんですね。中毒的な面白さがあって突き進んできたわけだけど、filmachineが成功して……ベルリンでのインスタレーションは、トランスメディアーレという大きなフェスでの展示でしたが、そのなかでもベストだったという評価も得て、ライブもすごく反応がよかった、というか大絶賛だったんですね。ベルリンは日本よりもシンプルだから、いちばん新しいことをやっていたり、いちばん興奮させてくれるアーティストが評価されるんですね。</span>

<span class="fontGreen">mariaとふたりでATAKというレーベルを始めたときから、いつか自分たちが岬の突端に行くことを確信しながら走り続けてたけど、実際に岬の突端に立ってみて、今の時点ではこの先はないというところまで行った感じがあったんですね、ベルリンでのコンサートが成功した時点で。というのも、着席のコンサートスタイルでのオーディオビジュアルイベントで、出演者は東ドイツ出身のカールステン・ニコライとノルウェーのアーティスト、それに僕だったんです。言ってみればアウェイな状況だったわけです。で、「これまで聴いたことがない」「まったく新しい」という評価を受けて、しかし同時にここから先に行くにはどうしたらいいんだろう、という気持ちにもなっていたんですね。これは音楽とテクノロジー、サイエンスで何ができるか？　という問題でもあって、この先に行くには少し時間がかかるだろうなとも思っていたんです。</span><a href="http://www.extravagance.jp/ascolto/200904/08.html?page=2"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="音楽を作るということは、ひとつの救いでもある〜渋谷慶一郎インタビューvol.1" src="http://www.extravagance.jp/ascolto/img/200904/08_01.jpg" width="540" height="180" /><hr>──そして６月にパートナーであるmariaさんが亡くなってしまった。

<span class="fontGreen">そうですね。だから、ふたりで岬の突端から海を見ていたのが、急にひとり落っこちて、残された気分だったんですね。突端から見える景色というのは、それがかなり厳しくてもふたりで見ているぶんには楽しいしワクワクする。というか、ふたりというのが前提だったから、急にひとりになってどうしていいのかわかりませんでした。もちろんレーベルの仲間や友達に助けられましたが、やっぱりパートナーの存在を失ったのはすごく大きいです。</span>

<span class="fontGreen">まったく音楽が作れなくなったし、音楽を作るとしたら、いままでと同じやり方を続けるのは無理だなと。いま「作るとして」って仮定したのは、そうしないと生きていけないような状況だったんですね、当たり前だけど。で、とにかくすべてを変えていかないと、たぶん僕は音楽を続けられないだろうと思ったわけです。ただ、どうやって変えればいいかっていうことはまったくわからなかった。</span>

──「音楽を作るとして」と仰いましたが、どうやってまた音楽を作るところに立ち返ったんでしょうか。

<span class="fontGreen">mariaのお別れ会をやって、全然気持ちがおさまらなかったんですね。それで、音楽葬みたいなことをやらないとダメだろうと思って、９月11日のmariaの誕生日にやろうと決めたんです、お別れ会の直後に。ただ、そのときには何をするか全然決めていなくて、CDを流すだけかもしれないし、mariaが音楽をやっている映像を流すだけでいいかもしれないし、とにかくもう１回集まる会、音楽とmariaを繋げる会が必要だし、やりたいと思ったんです。</span>

<span class="fontGreen">じゃあ何をやろうかと考えましたが、手がかりがまったくないんですね。僕は音楽が作れるような状態じゃなかったし……とにかく何もせずに毎晩酒を飲んだりする以外は部屋に閉じ篭っているような感じで、こんなことをやっているよりは音楽でも作ったほうが気が紛れるのかなと思って、コンピュータを立ち上げて、作りかけていた曲の続きを始めて……作っていた音を聴いたら、スピーカーの前にレースのカーテンみたいなのを垂らされたような音がするんですよ。久々に音楽を作るから、結線とかがおかしいのかなって色々確かめたんだけど、なにもおかしくないんですね。</span>

<span class="fontGreen">そのときにわかったんですが、一緒に住んでいた人が死ぬことによっていちばん変わるのは、部屋でその人の声がしなくなることなんですよね。骨はテーブルの上にある。でも物音がしないって変な感覚で、「声が聴きたい」という気持ちがすごく強かった。そうすると……いちばん聴きたい音は彼女の声なわけだから、自分の作っている音は２番になる。確実に１番というのが他にあって、しかもそれは聴くことができない。そんな状態で、つまり２番目の音で音楽を作るなんて、耐えられないなと思ってすぐにコンピュータを閉じて……でも何かしたいと思ってピアノを弾いてみたんですね。かなり久しぶりに。</span><a href="http://www.extravagance.jp/ascolto/200904/08.html?page=3"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="音楽を作るということは、ひとつの救いでもある〜渋谷慶一郎インタビューvol.1" src="http://www.extravagance.jp/ascolto/img/200904/08_02.jpg" width="540" height="180" /><hr>──なぜピアノだったんでしょうか？

<span class="fontGreen">家にいるときは、とにかくずっとソファに横になって天井を見ているような生活でしたが、ピアノを弾くと身体が動きますよね。その動いている身体によって音が出て、その自分の出した音にまた身体が反応して音を出す。僕はピアノをずっと弾いてきたけど、そういうふうに感じのは初めてでした。身体で音を出すという感覚……手でどうやって音を鳴らすかという感覚ですよね。そのときピアノのあった部屋にはmariaの遺骨もあって、僕はすごい苦労かけたなって気持ちがあったから、なんだかマッサージしているような気持ちになってきたんですね。ピアノを適当にパラパラ弾いているのが。鍵盤のところに彼女が寝ていてマッサージしている、みたいな感覚になった。</span>

<span class="fontGreen">そうすると、ぜんぜん違う楽器みたいに弾けるんですね。思ってもみない押さえ方とかするようになって、自分の昔の曲もまったく違うバランスで弾いたりしていた。そのときに「これだったらできるな」と思いました。それからですね、ピアノに意識が向かうようになったのは。</span>

──人間の歴史のなかで、これだけピアノが弾かれてきた背景にはそういうことがあるのかもしれませんね。

<span class="fontGreen">ピアノだけじゃなくて、楽器がそうなのかもしれないですね。他方、音にだって確実に身体性があるわけで、僕はコンピュータと人間のインタフェースによる肉体性とか身体性を否定していたし、いまでも全然興味がないけれど……楽器なんてまさにインタフェースなわけだから、そこに戻るっていうのはある意味大きな矛盾かもしれないですよね。でもそれは自分にとって新しい発見だったので、そこにしか行けないですよね。</span>

──911のコンサートでピアノの曲を演奏すると決めた経緯を教えてください。

<span class="fontGreen">「for maria」というコンサートでしたが、とにかくこのコンサートのための曲を書こうと決めました。でも、はっきり言って作曲なんてできる状況ではなかった。ピアノを弾くのは気が紛れるし発見もあるんだけれど、作曲は基本的にロジカルな部分が必要な作業ですよね。精神安定剤を飲んでいて、ロジカルな能力が著しく低下しているのはわかっていたから相当難しい作業でした。でもそのとき思ったのは……僕の仕事部屋にピアノがあって、テーブルの上にmariaの遺骨があって、遺骨の横で曲を書くなんていうことは、たぶんこの先ないんじゃないだろうか。これは彼女がくれたとても大きな課題だから、何とかやり遂げないといけない。だからとにかくやるって決めたんだけど、本当にできないんですね。</span>

<span class="fontGreen">あともうひとつ、曲を作ろうと思った理由がもう少し具体的にあって……一緒に住んでいる人が死んだのを見たときのショックって、想像を絶するぐらい大きいわけです。多分、これ以上はないというくらいに。で、そのときの映像が一日に百回どころではなく、本当に１分間に何回もフラッシュバックするんです。それで本当に気がおかしくなるんじゃないかと思って……で、ギリギリの状態で思いついたのは、そのフラッシュバックに自分で音をつけて、言ってみればサウンドトラックですよね、その音楽に少しでも希望や救いがあれば、自分が少し楽になるんじゃないかということなんです。で、それを作ろうと。それができると、いまよりは救われるんじゃないかと思いました。</span><a href="http://www.extravagance.jp/ascolto/200904/08.html?page=4"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="音楽を作るということは、ひとつの救いでもある〜渋谷慶一郎インタビューvol.1" src="http://www.extravagance.jp/ascolto/img/200904/08_03.jpg" width="540" height="180" /><hr>──それで曲を作ろうと思った。

<span class="fontGreen">そうですね。でも、なかなか作れなくて。まずいな、間に合わないなって思っていたら、病院に行く途中の、なにも音楽がかかっていない静かなタクシーのなかで、パッと浮かんで。それをメモしてそのサントラの部分はできた。でもそれは一部だから、その前後を作らなくちゃいけなくて、それはロジカルな作業になるわけです。とはいえ、そこで自分の持っているアカデミックな知識とか技法を使って楽譜を書く、みたいなことにはまったく興味がなかった。</span>

<span class="fontGreen">じゃあどうしようと思っていたら……mariaと初めてふたりで会った時のことを思い出したんですね。彼女はウクライナ系ユダヤ人と日本人のハーフだから、結構複雑な生い立ちで、それを急にポロポロッと話し始めたんです。そのときの印象がすごく強くて。あとは普段喋っている感じとか、ふたりで生きてきた時間とか……そういったものを音で描写しようと思いついたんです。</span>

<span class="fontGreen">ただ、それはすごく難しい作業でしたね。美しい響きや他にはない響きを作るのは、ピアノの場合12個しか音がないから、すぐにできてしまうんですが、彼女の話し方に似ている似ていないっていうのが厳密な評価軸として設定したわけだから、響きは良いけど似ていなかったらダメとかって限られてくるんですね。でもそれは新しく作品を作るという意味では必要な軸なんです。だからそこを判断軸に作っていって、最初に出来た部分に繋がって完成したのが、コンサート当日の朝の８時でした。</span>

──本当にギリギリですね。

<span class="fontGreen">それが出来たっていうことが僕にとってはいちばん大きかった。コンサートで演奏して、いろんな人に聴いてもらえたことももちろんすごく有り難かったけれど、「for maria」という曲を作ることができたのが僕にとってはいちばん大きかったですね。</span>

──911後もコンピュータでの活動は続いていますが。

<span class="fontGreen">スケジュールが入っていたから、キャンセルするのはだらしがないと思ったし、ただやっぱり、去年の12月にラフォーレでライブをやって、年明けにEUツアーをやって、今度はジャパンツアーをやるっていうのは……音楽的な緊張度が高いものだから、音を作るのが恐いというのはあるんですね。それは今でもあります。ラフォーレのコンサートの準備のときにライブセットを作りましたが、音の断片を作って組み合わせる作業を自分だけでやるのが恐くて、evala君にスタジオまで来てもらって、一緒に作業してもらいました。</span>

<span class="fontGreen">自分ひとりで音楽と対峙するのが恐いときがあって……極度に緊張度が高いのと、未知というか無限と対峙するというのは自分の状態が良くないときはすごく危険なんです。いまこれ以上コンピュータで音楽を作っていると危ないなって感じは常にあります。だから、あらかじめスケジュールに入っていた今度のジャパンツアーで一旦コンピュータの活動は休止する予定です。１年ぐらい止めるっていうのはもう宣言しているので。</span><div align="right"><a href="http://www.extravagance.jp/ascolto/200904/17.html" target="_blank">（vol.2に続く）</a></div>

<img alt="音楽を作るということは、ひとつの救いでもある〜渋谷慶一郎インタビューvol.1" src="http://www.extravagance.jp/ascolto/img/200904/08_04.jpg" width="540" height="180" />]]>
      
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   <title>GUSTO // なぜ安全な食物を口にしなければならないのか〜Dr.ショーシャに聞く</title>
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   <published>2009-03-17T09:04:27Z</published>
   <updated>2009-03-17T02:45:25Z</updated>
   
   <summary>なぜ安全な食物を口にしなければならないのか、あなたは知っていますか？　食と身体の関係をエイジプリヴェンティヴ（老化予防）の第一人者に聞く。</summary>
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      <![CDATA[──細胞の老化の原因を教えて下さい。

<span class="fontGreen">細胞の老化を進めてしまう一番の原因は食物です。もし正しくない食べものを食べた場合は、悪い分子が血液に混ざってしまいます。たとえば、110℃以上の温度で加熱調理したものは毒素を発生させやすくなります。細胞組成を壊してしまうんですね。もっと具体的に言うと、じゃがいもなどのデンプン類を高温で加熱するとアクリルアミドという毒素が発生し、肉を高温で焼くとメラノイジンという毒素が発生してしまうんです。それらは腸に対してすべて悪いものであり、身体に疾病として表れてきます。甘いもの、くんせい類、アルコール……特にビールですが、そういったものも避けたいですね。細胞の分子を壊し、老化を加速してしまいます。</span>

──老化を加速しないためには何が大事でしょうか。

<span class="fontGreen">まず食物です。次に、それをどのように調理するか。そして腸、免疫システム、細胞の働きも大事です。ほかにも心臓血管の状態や、肉体的な問題がありますが、老化というのはあらかじめプログラミングされているもので、人間がエラーを起こすことによって加速されてしまう。だから、エラーしないように身体の働きを円滑にしてあげることが大事です。</span>

<span class="fontGreen">人間の身体というのは、毎日生活しているなかで、再生していくとともに修復も行なわれているのです。だから、悪いものばかりが身体に入ってくると、免疫細胞が洗浄システムでは働けないほど飽和し、修復スピードが遅くなります。逆に、身体が健康なときは免疫システムが円滑に作動しているので、細胞の再生がすぐにできる状態でスピーディに動いていきます。</span>

――そのメカニズムは男性と女性で違いがありますか？

<span class="fontGreen">同じです。細胞は細胞にしか過ぎません。ただ、ホルモンの違いによるニュアンスの違いはあります。また、環境の問題や教育、どういったものを信じているか、どういうものを恐れているかなど……ただし、ベーシックには同じです。</span>

――クロードさんが提唱する食生活はたしかに理想的ですが、現代の日本人にはなかなか実践が難しいと思います。サラリーマンだと朝食を抜いていたり、夜に会食が入ってアルコールを摂ってしまうことが多かったり……。

<span class="fontGreen">可能なかぎり実践して理想に近づく、というのでいいと思います。誰もパーフェクトな人なんていませんから。そうすれば、あまりイヤな思いをせずに心地よく生活できると思います。「長く生きていたいから、あれもこれもダメ」というのは面白くありませんよね。無理のない範囲で可能なかぎり努力して、身体に悪いものや重大な疾病を回避できればそれで良いのです。そうやって日々普通に生活できればいいですよね。あれもこれもダメ、あるいはあまりにもいろんなものを信じすぎてしまうと、脳の細胞が食欲をなくしてしまいますから円滑に働かなくなります。毎日を心地よく生活していくのが大事です。</span>

――なかなか実践できなくても、何が身体に良くないかを知っているだけでもずいぶん違いますよね。

<span class="fontGreen">そもそも、日本は食の文化という視点から考えても、非常に重要な国です。寿命が長いというのもその表れですね。元々、魚をたくさん摂る民族です。また、生で食べる文化であるということも大事です。天ぷら以外、あまり長く調理するものはないですからね。さらに、日本人は野菜や海藻をたくさん食べます。これもとても大切なことです。果物や野菜の種類も多い。そしていちばん良いのは、米が主食ということです。穀物の中では米がもっとも良いんです。日本は元来、私が提唱している食生活に近い文化なんです。</span>

<span class="fontGreen">そういった食文化が土台にある国なので、その文化を尊重、実践したうえで、少しだけでも理想に近づけばいいと思います。生活に根付いた方法で食改善が実践できるように、この本（『30日間で10歳若返る！』クロード・ショーシャ著・日経BP社）を出しましたが、いちばん大事なことは「食べたい」と思うことです。</span><div align="right">（end）</div>

<img alt="なぜ安全な食物を口にしなければならないのか〜Dr.ショーシャに聞く" src="http://www.extravagance.jp/gusto/img/200903/16_02.jpg" width="540" height="180" />]]>
      
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   <title>GUSTO // なぜ安全な食物を口にしなければならないのか〜Dr.ショーシャに聞く</title>
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   <published>2009-03-17T08:22:29Z</published>
   <updated>2009-03-17T02:46:50Z</updated>
   
   <summary>なぜ安全な食物を口にしなければならないのか、あなたは知っていますか？　食と身体の関係をエイジプリヴェンティヴ（老化予防）の第一人者に聞く。</summary>
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      <![CDATA[　最近、「食」に関するトピックがなにかと話題になっている。品質管理経路が不明瞭な輸入食品が引き起こした様々なトラブルや、国内の各地で発覚した産地偽装問題、老舗料亭による消費期限・賞味期限の偽装問題など、これまで「安全」だと信じ込んでいたものが、じつは多くの問題を抱えていることにようやく我々は気付かされ、メディアはこぞって「これでもか」とヒステリックに報道している。

　つまり、風潮として「安全な食物を口にすること」が目的となっているのだが、「なぜ安全な食物を口にしなければならないのか」についても我々は知るべきではないだろうか。もっと言うと、安全な食物であっても摂り方を間違えたら安全ではなくなる、ということまで我々は知るべきではないだろうか。

　身体と食物の関係を30年に渡って研究し続ける、エイジプリヴェンティヴ（老化予防）の第一人者、Dr.クロード・ショーシャに話を伺う。

――生命に対する「食物」の役割を教えて下さい。

<span class="fontGreen">身体と食物の関係は非常に大切です。人体には10の14乗という数の細胞があり、それらは常に入れ替わります。つまり、私たちは細胞というものをどんどん作っていく機械だということです。毎日、少なくとも55万の細胞を作っているので、７年経つと新しい身体ができるようなものなんですね。</span>

<span class="fontGreen">この細胞を円滑に働かせるために、私たちは食物を摂っているんです。もちろんお腹が空くから食べるのですが、本当にお腹が空いているのは細胞なんです。細胞は新しい細胞を作らなくちゃいけない、エネルギーを作らなくちゃいけないからお腹が空く。だから食物を与えなければいけない。そして細胞膜に糖、脂肪、タンパク質、アミノ酸などの栄養素が到着し、細胞の中に入っていきます。必要なものと不必要なものをジャッジする細胞膜の役割は非常に大切です。</span>

──老化という現象はどういったものなんでしょうか？

<span class="fontGreen">細胞が活動的であり続けなければ、老化はどんどん進んでしまいます。人体というのは大体80歳から120歳まで生きると遺伝的に計画されていますよね。もしエラーなしでパーフェクトに生活できる人なら、120歳まで生きられます。しかしそれはほとんど不可能です。なぜかというと、私たちは生活している間にたくさんのミスを犯します。それが細胞の老化を促進してしまうのです。私たちの置かれている環境には、公害、紫外線、アルコール、煙草、糖分・脂肪分の過剰摂取、運動不足など、細胞にとって否定的なものがたくさんありますよね。それがエラーです。</span>

<span class="fontGreen">遺伝子というものは非常に重要で、私たちは遺伝子に制御されていると言えますが、じつは私たちはその遺伝子の70％を作り替える、あるいはコントロールすることが可能です。もちろん目・髪の毛の色、骨の長さなどの修復は難しいですが、それ以外のファクターは、摂取するものや生活習慣などで替えることが可能なんです。ということは、ある人は非常に早く年を取り、ある人は非常にゆっくり老化するわけです。</span>

──老化速度の違いはどこにあるのでしょうか。

<span class="fontGreen">自分の健康をきっちり管理できるかどうか、つまり「自分を制御できるかどうか」に因りますが、だいたい３種類のパターンに分けられます。まず、アルコールを飲み過ぎたり、麻薬に溺れたりする人……残念ながら、自分を制御できない人は老化がより加速します。次に、もう少しゆっくり老化をする人。食事に気をつけ、アルコールを摂りすぎず、煙草も吸いすぎないように、自分で少しでも意識して制御できる人は老化もゆっくりになります。</span>

<span class="fontGreen">そして、病気にならないように自分をしっかり管理する人たち。彼らは自分でよく考え、方法を模索しています。食物は質の良いものを買い、定期的に医者の診断を受け、さらに、活動的な生活をしています。彼らは健康でいることに忠実なので、非常に良い状態をキープできます。</span><a href="http://www.extravagance.jp/gusto/200903/17_2.html"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="なぜ安全な食物を口にしなければならないのか〜Dr.ショーシャに聞く" src="http://www.extravagance.jp/gusto/img/200903/16_01.jpg" width="540" height="180" />
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   <title>SENTO // 生活者がゆたかになるために〜ACTUS代表・休山昭インタビュー</title>
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   <published>2009-03-12T03:40:56Z</published>
   <updated>2009-03-12T09:13:44Z</updated>
   
   <summary>“100年に一度”といわれる大不況下だからこそ、自らがゆたかになる術を模索したい──ACTUS（アクタス）代表・休山昭氏に聞く</summary>
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      <![CDATA[──新しい商品も出しているんですか？

<span class="fontGreen">ジャン・プルーヴェの家具の復刻もしていますが、ただ単純に復刻するだけじゃなく、財団や遺族にペイメントを払って新しいデザインをテクタとして出していたりもします。ブロッホイザーはジャン・プルーヴェの個人コレクターとしては世界一なんです。それを調べにMOMAのキュレーターが、わざわざローエンホルデまで来ていますからね（笑）。</span>

<span class="fontGreen">ブロッホイザーとジャン・プルーヴェとの出会いというのがまた面白いんです。スケッチはしたけれど実物を製作しなかったプルーヴェのイージーチェアがあったんですが、そのスケッチを見たブロッホイザーがとても感銘を受けて、勝手に造ったんですよ。その後、パリでジャン・プルーヴェの展示会が開催されることになって……プルーヴェの晩年ですね。その際にブロッホイザーが、自分で造ったその椅子をドイツから車で運んで（笑）、ジャン・プルーヴェがその会場に来るのを朝いちで待ちかまえて、「あなたが造りたかったのはこれじゃないですか？」って見せたんです。それを見たジャン・プルーヴェが「理想どおりだ」と喜んで、その展示会のいちばん目立つところに置いてくれたそうです。そのときにプルーヴェと握手している写真が、彼の宝物なんですよ。</span>

──素晴らしい話ですね（笑）。休山さんの話に戻りますが、座右の銘に「自灯明」とあります。

<span class="fontGreen">禅の言葉で、自分自身の灯火を自ら灯さないと明るくはならないという教えです。昔は電気も何もなかったわけで、人にばかり頼らず、自分自身の灯りを灯しなさい、心の中の灯りも含めて、ということだと思うんですけど。</span>

<span class="fontGreen">僕はこういう性格なので、難しいことを色々言うよりも、笑顔でまずは自分自身を明るくすることが大事だと思っています。もうひとつは、すべてポジティブに捉えること。組織としてビジネスしているわけですから、明るさが大事だと思います。相手から情報を得ようと思っても、自分が明るく情報を発信していかないと、本当の意味での情報は得られないと思うし、それらを倍増・連携させていくには、明るくポジティブな発想じゃないとダメだと思うんですよね。僕がずっと会社のみんなに言っているのはそういうことです。</span>

──最後になりますが、今後の展望を聞かせてください。

<span class="fontGreen">ちょうど40周年なんですが、あまり肩肘を張らずにやりたいなと思っています。40年前に日本にモダンインテリアを発祥させたのが僕たちのルーツで、IKEAを日本に紹介したのち、独自のスタイルを作っていこうと名称を変えました。その時にできたのが「アクタススタイルブック」です。しかしこれ、実はVOL.7で一旦幕を締めているんですね。だからもう一度、この40周年の節目にルーツを振り返り、アクタスの歴史を掘り起こしたヒストリーブックを作ろうと思います。 </span>

<span class="fontGreen">これまでアクタスがやってきたことが、日本のインテリア界に少なからず貢献しているということを、いまのスタッフに知ってもらうだけではなく、いま彼らがやっていることを10年後、20年後に振り返ったときに、「素晴らしいことをやっているんだ」と思えるような、自分たちのベースにするためにも作る必要があります。</span>

<span class="fontGreen">今後に関しては、アクタスがこれから急展開でいろんなことをしていきますっていうのは言えませんが、逆を言えば、時代をしっかり見据え、デザイナーやブランドに偏重することなく、本当に日本の生活者が求めているものを提供する。商売が前に立つのではなく、まず生活者を豊かにすること、そのために努力し続けていくことが僕たちのビジョンです。その延長線上に商品がついていけばいいかなと思っています。</span><div align="right">（end）</div>

<img alt="生活者がゆたかになるために〜ACTUS（アクタス）代表・休山昭インタビュー" src="http://www.extravagance.jp/sento/img/200903/11_05.jpg" width="540" height="180" />]]>
      
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   <title>SENTO // 生活者がゆたかになるために〜ACTUS代表・休山昭インタビュー</title>
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   <published>2009-03-12T03:39:29Z</published>
   <updated>2009-03-12T09:12:35Z</updated>
   
   <summary>“100年に一度”といわれる大不況下だからこそ、自らがゆたかになる術を模索したい──ACTUS（アクタス）代表・休山昭氏に聞く</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.extravagance.jp/sento/">
      <![CDATA[──今回、お気に入りの家具をひとつ選んでいただきました。TECTAのテーブルということですが。

<span class="fontGreen">30年くらいの付き合いになりますが、テクタ社というドイツでバウハウスの家具を継承している、非常に珍しい家具メーカーです。社長のアクセル・ブロッホイザー氏は無骨なおじさんです。ドイツ中部にあるローエンホルデという何もない田舎町で、モダンな家具を作っています。小さな会社で、工場を拡張するわけでもないのに広大な土地を所有しているんですよ。それはなぜかとブロッホイザー社長に聞いたら、自分のオフィスから見える景色に汚いものが建つのは困るから、見える土地を全部買ったそうです（笑）。「でも、田舎だからすごい安いよ」と（笑）。そういう人です。</span>

──家具メーカーの社長らしくないですね。

<span class="fontGreen">彼は僕たちが知っているヨーロッパの家具メーカーの社長のなかでは、唯一と言ってもいいぐらいアーティスト気質なんですね。バウハウスの研究者でもあって、世界中の展示会に家具を貸し出しています。昨年はニューヨークMOMAの企画展示に古いバウハウスの家具を全部貸し出していました。今年で63歳、独身で猫とふたり暮らしです（笑）。自宅は建築家のピーター・スミッソンが設計していて、家の中には小さなミュージアムみたいに椅子が飾ってあったり……ドアの取っ手はヴァルター・グロピウスがデザインしたものですね。この家はデザインに興味がある人なら本当に楽しいですよ。</span>

<span class="fontGreen">また、彼は椅子のコレクターとしても有名です。オークションに出したら数百万で落札されるような、古い椅子を数千脚も持っています。僕が学生の頃に見た家具の写真もテクタ社が造っていたりするんですね、実は。そういう特別な人物なので、彼に会うのがいつも楽しみです。ちなみに日本には30年の付き合いのなかで、２回しか来たことがありません。飛行機が嫌いというのも大きな理由ですが（笑）、彼にはローエンホルデで静かに黙々とバウハウスのことを研究する時間が最も重要で、ビジネスのために日本に来るなんていうことには興味がないんですね。</span>

──完全にアーティストですね。

<span class="fontGreen">パートナーとしてすごく尊敬できる相手です。以前、デッサウのバウハウスに寄ってからテクタに行ったんですよ。ブロッホイザー社長は今のバウハウスが大嫌いで。というのも、いまのバウハウスは商業主義らしいんですね、彼に言わせると。そんなことは知らなかったので、デッサウのバウハウスで土産物として売っていたバッヂを買って、ブロッホイザーが喜んでくれるだろうと思ってテクタに持っていったら、怒り出したんです（笑）。彼が認めているのは、ベルリンにあるバウハウス・アーカイブというミュージアムなんですね。ここは真面目にバウハウスのことを研究してるから、そっちのバッヂを付けなさいって（笑）。 </span>

──そういうキャラクターがやっているメーカーは、興味深くて面白いですね。

<span class="fontGreen">テクタの家具は流行廃りがありません。特にM21は不朽の名作で、すごく売れています。売れているデザイン家具ってコピーがすぐに出ますが、M21は特殊な形状をしているのでコピーを作れないんですよね。何年も前に買ったものでも、いまだに飽きないし、常に新鮮に感じます。アクタスのコンセプトに非常に合っています。ただ、彼自身がデザイナーでありアーティストなので、後継者がいないんですね。彼の仕事は絶対に継げない。そこが問題です。</span><a href="http://www.extravagance.jp/sento/200903/12_5.html"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="生活者がゆたかになるために〜ACTUS（アクタス）代表・休山昭インタビュー" src="http://www.extravagance.jp/sento/img/200903/11_04.jpg" width="540" height="180" />
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   <title>SENTO // 生活者がゆたかになるために〜ACTUS代表・休山昭インタビュー</title>
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   <published>2009-03-12T03:37:53Z</published>
   <updated>2009-04-13T05:28:49Z</updated>
   
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      <![CDATA[──子供が出来てからのライフスタイル、すなわちファミリーに対しての提案もされていますよね？

<span class="fontGreen">そうですね。家族の絆や会話、子供と共に過ごすリビングなどについて考えています。親と子供がもっと温かく暮らせる生活を僕らが応援しますよ、という提案です。</span>

<span class="fontGreen">たとえば学習机。これも先ほどの婚礼と一緒で……電気や時計、世界地図までついていてアニメが描かれている。でもそれはおかしいですよね。子供の情操教育にそんなものは必要ない。これも、単価を高くして競合他社との差別化をはかるためだけの業界側の都合ですね。本当に子供に必要なのはシンプルなものなんです。時計が欲しかったら自分で欲する。照明が欲しかったら、どんな照明をつけたいか想像して、自分で手に入れることが子供にとっては大事です。そういうコンセプトでキッズの領域へ打ち出していって、これが爆発的にヒットしました。</span>

──それらを手掛けてきた休山さんが理想とするライフスタイルとは？

<span class="fontGreen">プロダクトに押し付けられたようなものを使って生活するのは、絶対に違うと思います。「誰々というデザイナーである」とか「どこどこのブランドである」とか、デザイナーやブランド名が前面に出る家具がありますよね。もちろんデザインは非常に完成されてキレイですが、そういった人や名の付加価値が当然ながらプライスには盛り込まれています。</span>

<span class="fontGreen">これに対してアクタスは、デザイナーやブランドに迎合されることなく……僕らは「アクタススタイル」と言っていますが、一過性の流行に左右されない普遍的なものを大事にしています。これまでお話してきたとおり、業界側の理論で消費者が翻弄される日本の歴史を変えてきたという自負がありますので、まずは生活者本意のものを供給していこうというスタイルです。僕たちのプロダクトを使う人たちが、真に豊かな生活を送れるように応援していくというのがコンセプトです。</span>

──とはいえ日本はまだまだ消費社会ですし、流行があって、一過性のものにみんなが飛びつき、それが過ぎ去っていくと使い捨てみたいな傾向がありますよね。その現状をどうやってコンセプトと刷り合わせているんでしょうか。

<span class="fontGreen">僕らも流行を追いかけていますが、ただ、それをベースには引いていません。僕たちのベースにあるものは、シンプルでモダン、そしてナチュラルなイメージです。そこに……たとえばいまだったら、自然のモチーフですね。エコや環境を取り入れたデザインであるとか、歴史を尊重するクラシックな様式を取り入れたものが受けています。それらをさりげなく取り入れる。ベースをしっかりして、その中に少しずつ時代の流行や考え方を自然に取り入れているというスタンスです。ベースがブレないのが大事なんですね。</span><a href="http://www.extravagance.jp/sento/200903/12_4.html"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="生活者がゆたかになるために〜ACTUS（アクタス）代表・休山昭インタビュー" src="http://www.extravagance.jp/sento/img/200903/11_03.jpg" width="540" height="180" />]]>
      
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   <title>SENTO // 生活者がゆたかになるために〜ACTUS代表・休山昭インタビュー</title>
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   <published>2009-03-12T03:36:25Z</published>
   <updated>2009-03-12T09:10:28Z</updated>
   
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      <![CDATA[──しかし、最初に入られた会社はインテリア業界ではなかった。

<span class="fontGreen">趣味の領域が仕事になるという発想がまったくありませんでした。原子力のプラントや、明石大橋のような橋梁をつなぐ時に使う特殊な部品……工業用ファスナーと呼ぶんですが、そういうものを製造しているメーカーでした。でも僕は商品にはまったく興味なくて（笑）。ところが、その経験がいまになって随所で役立っているんですね。工業規格などの考え方は、いまのプロダクトデザインにも共通しています。</span>

<span class="fontGreen">とはいえ、その工業系の仕事は本当の意味では楽しめませんでした。人と話をするのが好きだから営業自体は面白かったんですが……自分の好きなことや、「一生これに賭けてみたい」と思うことを仕事にしたいと考え始めました。そこで、自分はインテリアや家具デザインにすごく興味があるから、その世界に行こうと会社を辞めたんですね。当時住んでいた近くにららぽーと船橋（現・ららぽーとTOKYO-BAY）があって、IKEAが入っていたのでよく行っていて、それも何かの運命かなあと。じゃあ、もうアクタスに働きに行こうと（笑）。ちょうどIKEAからアクタスに変わった時期かな？　すごい楽しそうだなと思って、アクタスに入りました。</span>

――当時のアクタスの状況は？

<span class="fontGreen">まだIKEAの残像を引きずっていました。組み立て家具という形式が当時の日本には合わなかったんですね、組み立てるという習慣がなかったから。そういったことから、「お客さまに本当に満足いただけるものを長く供給していく」ということが僕たちのやりがいにつながるんじゃないかということでアクタスに変わったわけですが、実際には日本人の生活を豊かにしていくレベルのものがまだまだ供給できていなかったし、マーケットとのズレをなんとなく感じていました。</span>

<span class="fontGreen">そこで考え方を変えました。それまで僕たちはニューファミリーのマーケットを想定していたんですね。すなわち、両親とその子供から成る家族です。しかし現状を分析すると、これから独立する人の新しい生活を僕たちが提案・提供していくことが日本にとっては重要だとわかりました。</span>

──ファミリーではなく、カップルですね。

<span class="fontGreen">そうです。というのもその頃はまだ、日本の新生活イコール婚礼だったんですね。そして、婚礼といったら「５点セット」みたいなものがありました。鏡台、和ダンス、洋服ダンス……そういった婚礼家具を、親から100万も200万も出してもらって買っている人がまだたくさんいたんですよ。邪魔になるのは明らかなのに、業界側の都合でそういった慣習を常として、日本人に窮屈な思いをさせていたんです。すごく馬鹿げていますよね。</span>

<span class="fontGreen">ですから、この慣習は変えていきたいと思い、新しいブライダルの考え方を提案したんですね。しかし、業界から様々な抵抗に遭いまして……「ハッピーエナジークラブ」という簡易組織を作ることにしました。基本的にはブライダルを対象にしていますが、コンセプトは別にあります。カップルがふたりで来て、「ちょっと今は買えないけど、こんな生活をふたりでしっかりしていきたいよね」みたいな夢を提供する場にしていきたいなと。恋人という関係からジャストブライダル、マリッジ、子供ができるまで、というふたりの時間はダブルインカムでノーキッズですから、子供に迎合することなく自分たちが本当に望むインテリアを実現していきましょう、それをアクタスは応援しますよっていうコンセプトです。これが当たりました。</span><a href="http://www.extravagance.jp/sento/200903/12_3.html"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

<img alt="生活者がゆたかになるために〜ACTUS（アクタス）代表・休山昭インタビュー" src="http://www.extravagance.jp/sento/img/200903/11_02.jpg" width="540" height="180" />
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   <title>SENTO // 生活者がゆたかになるために〜ACTUS代表・休山昭インタビュー</title>
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   <published>2009-03-12T01:50:54Z</published>
   <updated>2009-03-12T09:09:12Z</updated>
   
   <summary>“100年に一度”といわれる大不況下だからこそ、自らがゆたかになる術を模索したい──ACTUS（アクタス）代表・休山昭氏に聞く</summary>
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      <![CDATA[　あのデザイナーの家具がほしい。あのブランドの家具なら信頼できる──たしかに一理ある。というか現状、家具の良し悪しの評価基準はそこにしかないかもしれない。それほどに我々は家具に代表されるライフスタイル・プロダクトや建築についての知識や審美眼、価値判断能力に乏しい。それはとても残念なことではないだろうか。

　「欧米に比べて」というような表現はあまりにも稚拙で使いたくはないが、事実、日本は欧米に比べて日々自分が暮らす空間に対する意識が低い。スクラップアンドビルドを繰り返し、流行が先走る消費社会のメカニズムに呑み込まれ、価値判断を正確に下せないまま次のムーブメントが到来する。そのサイクルに散々踊らされた我々はいま、“100年に一度”といわれる大不況下だからこそ、自らがゆたかになる術を模索したい。

　今回はそのヒントになるかもしれない人物の話を伺った。インテリアショップ、ACTUS（アクタス）代表・休山昭氏である。

──インテリアや建築に興味を持ったきっかけは？

<span class="fontGreen">学生時代にバウハウスに興味を持ちました。30年ちかく前ですね。当時、バウハウスが何のことかもわかりませんでしたが……インテリアに対して、若者の関心や興味もなかったし、必要性もまったくない時代でしたからね。そんななか、先輩から洋書をもらったんですよ。それがバウハウスの本だったんですが、小さい頃からデザインやアートが好きだったので、すごく衝撃を受けました。英語とドイツ語で書かれてるものですから、写真を見ているだけでしたが、とても惹かれました。</span>

──なぜバウハウスに惹かれたんでしょうか。

<span class="fontGreen">椅子に座るというのは中世ヨーロッパくらいまでは貴族の特権としての贅沢でしたよね。そんななかで、バウハウスが鉄やガラスなどの工業的に生産された素材を使ったことで、従来の工芸品や趣味嗜好性が強いもの、あるいは自分の地位を示すものであった家具が大量生産されるようになり、一般大衆がそれを使えるようになっていったという流れがあります。その「デザインが時代や機能を変えていく」ということを、無意識のうちにバウハウスの写真を見て感じていたんだと思います。</span>

──当時、日本のインテリア業界はどういった状況でしたか？

<span class="fontGreen">IKEAが日本に上陸しました。１回目の日本上陸で、２回目の上陸が今ですね。この１回目の上陸を実現したのは、いまから思うとアクタスなんですよね。当時もやっぱりセンセーショナルでした。それまで見たことがなかった、パイン材やインド綿などの、今だったらどこでも売っているような素材やデザインのものが初めて日本に紹介されました。僕もすごく衝撃を受けて、自分の部屋をいじってみたりしましたね。でも当時、男でそういうことに興味を持っているのはちょっと気持ち悪がられました（笑）。</span><a href="http://www.extravagance.jp/sento/200903/12_2.html"><img src="/img/common/iconNext.gif" alt="Next" width="21" height="23" align="absmiddle"></a>

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