GUARDO - イスラエルの歴史的背景から『約束の旅路』を読み解く

GUARDO / イスラエルの歴史的背景から『約束の旅路』を読み解く

GUARDO - イスラエルの歴史的背景から『約束の旅路』を読み解く

 自分は日本人で、日本語を話し、日本列島に住み──という認識は、大多数の日本人にとっては当たり前のことだ。当たり前すぎて「自分は日本人だ」ということを意識する必要すらないし、日本列島に日本人という民族が住む日本という国があることを正当化する理屈も、別に我々には必要ない。

 イスラエルという国ではすべて正反対だと考えれば、分かり易いかもしれない。確かにいまこの国があるパレスチナという土地は、かつてユダヤ人がユダヤ人の国を作っていた場所なのだが、2000年前にその都エルサレムが破壊され、彼らは世界中に離散した。それ以前もユダヤ人の国がずっとあったわけではないし、飢饉で他の土地に移住した例も多い。

 一方で「パレスチナ」という地名が「出エジプト記」に書かれたユダヤ人たちの帰還以前にこの土地に住んでいた「ペリシテ人」に由来しているように、べつにユダヤ人だけがこの土地に住み、この土地を支配してきたわけでもない。エルサレムの考古学調査では、現時点で21の異なった歴史の層が確認されている。それだけ様々な民族がやってきてはそこに住み、やがて他の民族に追われて去っていった土地なのだ。そのそれぞれの民族が、論理的にはユダヤ人と同等に「この土地は我々のものだ」と主張する権利を持ってしまう。

イスラエルの歴史的背景から『約束の旅路』を読み解く

 紀元70年のローマ帝国によるエルサレムの破壊で離散して以来、ユダヤ人たちは世界中に散らばり、それぞれの土地でユダヤ人という異民族として生きてきた。だいたいこの歴史があまりに特異だ。世界史で「滅亡した」とされる民族は数多くあるが、べつに皆殺しになったわけではなく、バラバラになった民族は周囲の民族に取り込まれ、自然環境に応じて身体的特徴も変化し、民族の言葉も忘れ、混血となることで姿を消していった。自分たちだけ周囲と異なった他者であり少数派であるというのは、それだけでなかなか居心地が悪いことなのだ。ところがユダヤ人たちだけは、身体的な特徴が変化しようが、民族の言葉のヘブライ語を失おうが、差別に苦しみ、ときには虐殺されながら、頑固一徹に「周りとは違う自分たち」を維持してきたのだ。

 19世紀は世界史のなかで「国民国家」の世紀だった。フランス革命とナポレオンから始まった“民族が国民として国家の主人公になる”という考え方は、ヨーロッパ各地で独自のコミュニティを作り上げていたユダヤ人たちにとってあまり気持ちのいいものではなかった。異民族である彼らは必然的にそれぞれの「国民国家」からは排除されかねない。ならば自分たちも民族として団結して国民国家を作ろうという運動がシオニズムである。民族の言葉として宗教儀礼以外では死語となっていたヘブライ語を実際に使用する言語として復活させ、民族の土地としてのパレスチナに帰還し、そこに国を作ろうという理想が、1948年のイスラエルの建国へとつながっていく。

 だが、ここに大きな現実的矛盾があったことは否めない。まずパレスチナには多くのアラブ人が住んでいたことで、社会主義の影響が強かった当初のシオニストたちは「アラブ労働者との連帯」でユダヤ人とアラブ人の連合国家を構想したものの、そんな机上の空論がうまくいくわけもなく、現代まで続くパレスチナ紛争となった。このユダヤ人たちの、いわば外側から来る矛盾以上にもしかしたら深刻かも知れないのが、ユダヤ人たちの内側にある矛盾──彼らの民族アイデンティティの問題だ。ある意味、パレスチナ紛争というのは、人工的に作り上げられたイスラエルという国家像、イスラエル人であることとユダヤ人であることの衝突から来るアイデンティティ的危機から目をそらし、とりあえずイスラエルという国のまとまりを存続させるために続いているのかも知れない。

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update : 2007.02.23
title : 『約束の旅路』


text : toshifumi fujiwara
photo : cinemacafe films

toshi fujiwara

藤原敏史/映画監督・映画批評・翻訳家

東京とパリで育ち、早稲田大学文学部、南カリフォルニア大学映画テレビジョン学部で映画史、映画製作を学ぶ。早稲田大学大学院修士課程修了。1994年から水原文人の筆名で映画批評を執筆。共編著に『<社会派シネマ>の戦い方』、『アモス・ギタイ イスラエル / 映像 / ディアスポラ』(ともにフィルムアート社)。翻訳家としては、訳書に『「市民ケーン」、すべて真実』『バスター・キートン自伝』(ともに筑摩書房)、『映画監督という仕事』(フィルムアート社)など。2002年、ドキュメンタリー映画『INDEPENDENCE』で映画監督業に進出。初の劇映画『ぼくらはもう帰れない』が2006年ベルリン映画祭フォーラム部門で上映され、注目を集める。

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