


ひとそれぞれに愛のかたちある。ときにそれは、自らを持することができないほどに脹らむ可能性も秘めている──愛という病を考察するため、珠玉の4冊をご用意しよう。
『信頼』 アルフォンソ・リンギス(青土社)
笑いと性的な渇望がイメージと表象のものごとの分類を突き破り、他に類のない現実のできごとと接触するとき、それらは勇気や信頼と共通点を持つ。実際、信頼のなかに勇気があるように、信頼のなかにはよろこびと恍惚もある。信頼は危険を笑う。性的な魅惑も信頼と非常によく似ている。転がるようにセックスに溺れるのは、無条件の信頼に飛びこむのと同じだ。逆に、信頼にはエロティックななにかがある。なぜなら、信頼とは、意志をむきだしで突きだして、相手の知りえない核にしがみつくことではないからだ。信頼は、相手の感覚と諸力にしがみつく。スカイダイバーが、相棒のパラシュートを持ってあとを追って降下するときの信頼には、どこかエロティックなものがある。ジャングルで道に迷った人間が、現地の若者に寄せる信頼も同じだ。信頼は勇気にあふれ、直情的で、欲情に満ちている。 (p15.より引用)
大学教授は、旅をする。縦横無尽に地球を巡るなかで、後ろに置いてきた日々の瑣末事と見知らぬ土地の風景が、ジグザグに考察される。その過程で見えるものから、「信頼」という対人間的な感情をテーマに掲げ、様々なサンプルを抽出する。
リンギスの形而上学的だがこの上なく感情的な文章を読めば、恋に狂って視野狭窄に陥りがちな、熱くなった頭がスッと冷めていくのを感じるだろう。行き詰ったとき、自分の視点をより高い場所へと優雅にリフトアップしてくれる貴重な本。

『桜の森の満開の下』 坂口安吾(講談社文芸文庫)
男は悪夢からさめたような気がしました。そして、目も魂も自然に女の美しさに吸いよせられて動かなくなってしまいました。けれども男は不安でした。どういう不安だか、なぜ、不安だか、何が、不安だか、彼には分らぬのです。女が美しすぎて、彼の魂がそれに吸いよせられていたので、胸の不安の波立ちをさして気にせずにいられただけです。
なんだか、似ているようだな、と彼は思いました。似たことが、いつか、あった、それは、と彼は考えました。アア、そうだ、あれだ。気がつくと彼はびっくりしました。
桜の森の満開の下です。あの下を通る時に似ていました。どこが、何が、どんな風に似ているのだか分りません。けれども、何か、似ていることは、たしかでした。 (p106.より引用)
安吾の描く女性像は、ある面において非常に的確だ。ある面、つまり女たちの怖ろしい面について。彼女たちはすべすべと滑らかで白い皮膚を持ち、己の欲望のためには何もかも投げ出してしまうほど強い。そして狡猾で残忍で、冷たくて情けぶかいのだ。
『白痴』やその他の短編小説にも、その姿は描き出されているけれど、女の怖さを「狂おしいほど満開になった幽玄な桜の森」に例えたこの作品は、恋する愚かな男が孤独な夜を過ごすのに、やはりいちばん相応しい。![]()

update : 2008.02.15
title : 愛の病〜珠玉の4冊

text : akira kuroda
photo : kiyotsugu fujiwara
『信頼』 アルフォンソ・リンギス
(2006 青土社)
『桜の森の満開の下』 坂口安吾
(1989 講談社文芸文庫)
黒田晶
1977年千葉県生まれ。『メイドインジャパン』で第37回文藝賞受賞。
世界限定40脚。ハンス・ウェグナー「Yチェア」限定仕様登場 09.09.29 UPDATE