POSSIEDO - 我が儘な白い天使、アンジェリーナと冒険へ

POSSIEDO / 我が儘な白い天使、アンジェリーナと冒険へ

POSSIEDO - 我が儘な白い天使、アンジェリーナと冒険へ

 子供のころ、父は毎朝車のボンネットを開け、その日の車の調子を確かめながらキーをまわしていた。一発でエンジンがかかるときもあるが、冬はチョークを使いながら何度もセルを回し、「よいしょ!」という声が聞こえてきそうな感じで車を始動させていた。そして、エンジンが暖まるまで、車の脇で日本茶をすすりながらエンジンルームを眺めていることが多かった。その姿は車と会話をしているようで、どこか楽しそうだった。
 あれから30年以上が経ち、街でボンネットを開けるはほとんど見なくなった。車を乗るようになった僕も同じだ。頭のどこかに、“車というものは、すぐにエンジンがかかって走り出す道具である”という意識がある。
 
 イタロデザイン株式会社社長の岡本克則はある日、修理に出していたマセラッティを引き取りに行った先で、白いチンクエチェントの姿を目にしたのだった。ダンテ・ジアコーザがデザインし、フィアット社が1950年代後半から1970年代半ばまで発売した大衆車の草分け的な存在である。そしてまた、ルパン三世の愛車でお馴染みの車でもある。

 「僕が初めてイタリアを旅したのは、かれこれ20年以上前になるかな。当時はイタリアのいたるところを古いチンクエチェントががんがん走っていました。その光景がものすごく強烈でね。いつかあの車に乗りたいって思ったんだよ。ただ、それから何年かして、別のイタリア車を購入したんだよね(笑)。そのままチンクエチェントの思い出はどこか頭の片隅に追いやられちゃった。修理工場で目にしたときに、昔のイタリアの旅で見た光景が蘇ってきたんだよ」

 その車を譲ってもらえないかと頼んだ彼の言葉に、店の人はビックリしたそうだ。それは売り物ではなく、社員が工場と駐車場の間の短い距離を行き来するために使っていた社用車である。手入れなどされておらず、床に穴があいているなど、ボロボロの状態だった。

 「人と同じように、車も出会いだと思うんだよ。だって、チンクエチェントが欲しくなったんだったら、日本のチンクエチェント専門の代理店に行けばいいはずなのに、その修理工場に置いてあったボロボロのチンクエチェントが欲しくなったんだからね(笑)」

 値段のついていなかったボロボロのチンクエチェントを結局、50万円で譲ってもらった。その後、何倍ものお金がこの車に費やされるのだが、それよりもこのチンクエチェントが自分の元にやってくることが何より嬉しかった。Next

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update : 2007.02.05
title : チンクエチェント '67


text : hidekazu ishihara
photo : HIRAROCK
thanks : katsunori okamoto
thanks : iTaro DESIGN co.,ltd

katsunori okamoto

岡本克則

イタロデザイン株式会社社長。“心に利くコミュニケーション”をテーマに、ビデオやウェブ、DTPのコンテンツ製作、ショップやインテリアを含む、スペースの開発・製作、イベント・プロモート、これらに伴うノベルティやオリジナルグッズの開発・製作などを行っている。

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