


彼は仕事の合間にチンクエチェントの情報をインターネットや本で漁りまくる。土日は修理工場でメカニックたちから様々な情報をもらい、自分で車をいじってみる。純正のビスがすぐに錆びると聞けば、東急ハンズで錆びないビスを買ってくる。サイズが微妙に違えば自分で削る。クロムでできている部分はステンレスに変えたりもする。究極は、心臓部分であるエンジンやミッションギアなどのパーツも強化して組み直してしまうことだ。
「1年半から2年ちかくかかったんじゃないかなぁ。大きなプラモデルを作っている感覚だよね」
仕事柄、デザイン性にもとことんこだわる。まず少しだけ車高を下げた。すると、コーナーを曲がるときにタイヤが引っかかってしまう。そのためにフェンダーの裏側を削ってもらった。テイルランプには、“アンジェリーナ”が生まれた60年代のフェラーリのテイルランプを装着する。塗装へのこだわりはもちろんのこと、フロントパネルに関しては全て張り替え、計器パネルの位置など当時のデザインを調べながら、図面まで引いたそうだ。
「ひとつの場所が終わると次はここ。ここが終われば次はあそこ……ってキリがない。でも、それが楽しくてしょうがない。なぜこのデザインが生まれたかっていうことが、当時のことを調べたり、想像したりしているとわかったりしてくるんだよね。たとえば、今ついているフォグランプは5、60年代のものなんだけど、車高が低い車が多かった当時は、今のような円形のフォグランプはつけられない。そこで半月型の洗練されたデザインのフォグランプが生まれたんだよね。乗ることからも、いじることからも、ホント様々なことをこの車から学んだ。僕のようなデザインに関わる仕事は、ときにこだわりすぎるとクライアントの意図と違ったベクトルに向かうこともある。クライアントがあっての仕事ということを忘れちゃうんだよね。そこでブレーキをかけてバランスを取るように考え直すんだけど、車はどこまでこだわって遊んでもいいじゃない? そして、こだわればまたそこから何か学べるんだから。5、60年代の車と戯れることは、つくづく価値ある浪費だと思うね。奥さんに乗り心地悪いなあって言われることだけ我慢すればね(笑)」
話に夢中になり、彼の指の間で煙草が灰になったまま、ぽろりと机の上に落ちた。車を眺めながら、次にいじる場所を考えているときの彼の様子が想像できる気がした。現代のような複雑な車ではできない遊び。当時のつくり手の息吹が伝わり、今もその車たちは生き続ける。だからこそ、遊べば遊ぶほど、それに応えて様々なことを車が学ばせてくれるのである。

update : 2007.02.14
title : チンクエチェント '67
text : hidekazu ishihara
photo : HIRAROCK
thanks : katsunori okamoto
thanks : iTaro DESIGN co.,ltd
チンクエチェント
正式名称はFIAT NUOVA 500(新フィアット500)。1950〜60年代の戦後、航空機メーカーや鋼管メーカーがスクーター生産に乗り出し、自動車を買えない大衆の足として成功を収めていたが、こうしたスクーターの代替品としてフィアットが開発。以降4人乗りの大衆車として人気を博す。91年には、「チンクエチェント」として発売され、98年まで生産されていた。現在もその人気は衰えず、今年9月には、FIAT500として再び発売される予定。
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