


レノマ(renoma)というと、日本ではバッグ・財布などの革製品や、時計・カフスボタンなどの装飾品の印象が強く、全体的には「堅い」、「真面目」……失礼ながら、「少し古臭いブランド」といったイメージがあるだろう。
ところが、よくよく紐解いてみると、このレノマというブランドはかなり面白いのである。
1940年に仕立て屋の息子としてパリで生まれたモーリス・レノマは、12歳より独学で服作りをおぼえ、15歳も過ぎる頃には「服作りで何か新しいことをやりたい。若者から変わっていくんだ」という小さな野心を秘めるようになる。
そして1963年、パリ16区のルーデラ・ポンプに最初の店を構え、「ホワイトハウス」と名付けた。当時、お坊ちゃま学校が並ぶ学生街であったルーデラ・ポンプにブティックを置くようなブランドはなかったが、あえてモーリス・レノマはそこに目をつけ、「ここから変わっていくのではないか」と予見する。
当時のフランス社会は保守的であり、学生たちは親から与えられたものを身につけ、親の思うように生きることを強いられるような環境下にあった。そのため、“自由の国アメリカ”に憧れる若者が多く、モーリス・レノマも例外ではなかった。店を白く塗り、「ホワイトハウス」と名付けたのも、彼が尊敬するジョン・F・ケネディにちなんだものであり、さらには当時、ロゴには自由の女神のイラストと「ホワイトハウス」の文字が入っていた。
何者にも縛られず、若者の力で社会を変えていきたいと望んだモーリス・レノマに出来ることといえば、洋服を作ることである。そこで彼は“ジャケット+スラックス”という常識を覆し、“ジャケット+ジーンズ”を提案する。「ルールに縛られず、洋服を着る」と、モーリス・レノマは自身でそのスタイルを実践し、センセーショナルなファッションとして当時大きな話題を呼ぶこととなる。

こうして、まさにフランスの若者文化が変わろうとしている時代にレノマが誕生したわけだ。フランスのファッション界はその時期、仕立てではイギリス、スタイルではアメリカに憧れていたこともあり、初期レノマのデザインは派手なイラストが入ったライダースジャケットや、凝ったカッティングのロングコートなど、斬新なものが多い。そこに、変革期にさしかかったフランスファッションモードが乗り、ゲンズブールやアリなど、そのウワサを聞きつけたセレブたちが集い、レノマは一躍トップブランドの座を手にすることになる。
勢いはフランスだけに留まらない。特に、80年代にレノマが発案した“フィッシュネット”のバッグは一大ブームとなり、世界的にレノマの名前を知らしめることとなった。そもそもこの“フィッシュネット”は、モーリス・レノマが電車内の荷物を置くネットを見て「バッグにしたら面白いかもしれない」と感じたところから想起されたアイディアであり、その柔軟な発想はレノマの大きな特徴でもあるといえよう。
また、80年代からモーリス・レノマはアート活動にも力を入れ、自ら写真家として活躍している。「時代に左右されたくない」という彼の写真に登場するモデルのほとんどが素人であり、また、動物を使うことも多い。2004年には“日本”をテーマにした写真展も開催。そこではロリータやコギャル、サラリーマンやコスプレがモーリス・レノマの目を通して、自然な姿で映し出されている。
そんなレノマがイタリアのデザイナー、GUIDO DI RICCIO(グィード・ディ・リッチョ)を迎え、これまでの重厚なイメージを覆すような、明るい雰囲気のシリーズを徐々に打ち出し始めている。パリにあるレノマの倉庫には、ブランド立ち上げ当初から実際に使用してきた生地や商品のサンプルが大量に保管されており、まさに現在のデザイナーにとっては宝の山となっている。モーリス・レノマの原点として、「洋服に使わない生地を扱う」という試みも大きな特徴であり、実際に昔の生地を手に取ると、カーテン生地やファニチャー用の生地、絨毯のような生地まで使用されていたことがわかる──どこまでも自由で、どこまでも柔軟な発想ができる人物、それがモーリス・レノマである。
もうすぐ67歳を迎えるモーリス・レノマの底知れない探究心と、自由な発想力に今後も期待したい。![]()

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