


コンラッド・リーチ。様々なカルチャー・アイコンのクローズアップを鮮やかな色使いで描きあげ、そのスタイルは瞬く間に広告、ファッションなどのメディアにおいてのトレンドとなる。しかし、その人気がゆえに、グラフィックソフトによる粗悪な模造行為が横行するという事態に陥ってしまう。彼のペインティングが、あくまでも手描きであるという事実にも関わらず。
コンラッド自身、この状況にうんざりしていた――たとえば、マーク・ロスコの絵から受ける鳥肌が立つような迫力は、小さなポストカードのプリントからはわからない。同様に、コンラッドの巨大なカンバスに精緻に描かれたアイコンたちが発する空気も、のっぺりとしたプリントでは伝わってこない。時代を代表するスタイルを創り上げたが故に抱える、ジレンマ。
そんな彼が今回新作に選んだのが、最初期のシリーズでも使用していた「黒と白」のモノトーン・カラーである。黒の一枚と白の一枚を対として描かれるのは、ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリスン、カート・コバーン、ジョー・ストラマー、シド・ビシャス……コンラッドの長年のヒーローでもある、若くしてこの世を去ったミュージシャンたちだ。繊細にハンド・ペイントされたアイコンからは、たとえば円山応挙の幽霊画に通じるような幽玄さが漂ってくる。同色にも関わらず、幾重にも重ねられた白、あるいは黒は、画面上に微妙なニュアンスを創り出し、黒のシリーズからはカリスマたちのデカダンスと陰鬱さが、白のシリーズからはイノセンスと平安さがそれぞれに立ち昇り、複雑に絡まりあう。
CELUX内の、シルバーと黒で纏められたハードでスピリチュアルな空間は、ロックの殉教者たちに祈りを捧げるためのテンプルと化す。新境地であるとともに、基本に回帰したとも言える今回の展覧会『LET US PLAY』。「共に祈りましょう:Let us pray」という言葉をもじり、let us play――ミュージシャンにとっての「音楽をプレイする」ということ、を意味する今回のエキシビジョン。その作品群や今後の展望について、来日しているコンラッド・リーチに話を聞いた。
――まず、今回のエキシビジョン『LET US PLAY』について教えて下さい。
今回のショウでは、これまでの自分のスタイルを発展させることを試みた。残念なことに、ヨーロッパではいま、僕のスタイルはすごく真似されている。だから、自分が気に入っている主題……つまり「象徴」を、カンバスに描くという方法論をキープしつつ、何か新しいことが出来ないかと思ったんだ。そこでまず、誰にも簡単に真似出来ないようなテクニックを使った。それから、いままでの明るい色からモノトーンへと戻した。
僕はここ一年くらい、ずっとモノトーンな感覚を抱いていたんだ。日本を旅し、アメリカに行ったりしたけれど、何ていうか……共通するようなムードをいつも感じていた。自分の家に関してもそう。以前は明るい色をたくさん使ってポップでクレイジーな感じだったけれど、今は静寂や平安みたいなものを求めるようになって、モノトーンに魅かれるようになったんだ。
――あなたにとって「黒と白」という色は、「死」だとか「葬式」だとかを表すものではないんですね? もっと……なんていうか、平穏とか穏やかさを表す色なんでしょうか?
そうだね、その辺が不思議なところなんだけど……元々は「もっと落ち着いていて、クレバーな感じのものを創ろう。グラフィックじゃなくてアートを」と思って始めたんだけど、主題を何にするか考えていたら、すごく根本的な部分というか、1999年の絵を描き始めた頃に戻ったんだ。だから、「自分が愛するものを描こう」と思った。![]()

update : 2007.10.25
title : LET US PLAY@CELUX
text : akira kuroda
photo : shinji kubo
photo : CELUX
thanks : conrad leach
thanks : CELUX
thanks : COPON NORP
コンラッド・リーチ
1988年、ミドルセックス・ポリテクニックを卒業。ファッション業界で15年に渡って経験を積むと同時に、個人的な創作活動を続ける。1997年、アクリル絵の具を使ったハンドペインティングによるポートレートを大型のキャンバスに描き始め、その作風が話題となり、APARTで個展“Players”が開催される。2003年、CELUXの招きで表参道ルイ・ヴィトン・ビル最上階にあるメンバーズ・サロンで展覧会を開催。2007年10月、同会場で2度目の展覧会となる『LET US PLAY』が企画された。
黒田晶
1977年千葉県生まれ。『メイドインジャパン』で第37回文藝賞受賞。

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